涙に青空が溶ける。

 夕食を食べて、俺が先にお風呂に入って。芹澤がお風呂に入っているあいだ、俺はぼんやりと自分の部屋で待っていた。頭の中に浮かぶのは、さっきのキス未遂のことばかり。自分のやったことが信じられないという思いもあったが、芹澤が目を閉じて俺のキスを受け入れようとしていたことばかり思い出してしまう。

 本当に、あれは可愛かった。目を閉じられた瞬間に、俺の心臓はバカみたいにキュンッといっていた。芹澤は……知れば知るほど可愛いって思ってしまって、わけがわからなくなりそうだ。



「……あー、芹澤抱きたい」

「……藤堂」

「うわー!」



 ぐるぐると考えて、うっかり独り言を言った時。ちょうどお風呂からあがってきたらしい芹澤が部屋にはいってきた。



「せっ、芹澤……! なんか聞いた!?」

「……? べつに?」



 芹澤は幸いにも俺の独り言は聞いていなかったらしい。俺の部屋にはいってくると、きょろきょろと見渡したあと、ゆっくりと俺の横に座ってきた。ベッドに座っている男の横に座るという行為を「エッチしてもいいよ」アピールだと思っている俺としては、勝手にドキドキとしてしまうけれど、結局手はだせず。

 でも、手は繋いでみた。そっと芹澤の手に自分のものを重ねて、きゅっと握ってみる。芹澤は「あっ……」と小さな声を漏らしたあと、赤くなって俯いてしまった。

 伏し目がちの、瞳。落ち着かなそうにそわそわとしている脚。こっちまで緊張してきてしまって、言葉に詰まる。

 コチコチと時計のなる音が胸の鼓動を煽って、顔から汗が噴き出してきそうだ。



「……芹澤」

「な、なんだよ」

「ハグしていい?」

「は!?」

「抱きしめていいって聞いてんだよ! さっき急にやったら怒っただろ!」

「い、意味わかんないから! 嫌に決まってんだろばか!」



 この空気に耐えきれなくなって、俺は芹澤に詰め寄った。芹澤はムリムリと首を振っているけれど、顔は赤いまま。ちょっと前はこうして詰め寄ったら青ざめていたから……反応が大分違う。

 手を触れるようになって、俺に慣れてきたのかもしれない。ゆっくりいけば、抱きしめても大丈夫だろう、そう確信する。

 そっと、芹澤の肩に手を添える。そうすれば芹澤はギョッと身体を強張らせた。本当に抱きしめられるんだと悟ったのか、やっぱり怖がってしまっている。それでも逃げないんだなあと思うと、あんまり意地悪はしたくない。



「こっちみてろよ」

「え……」

「俺の目、みてろって」

「……っ、」



 ただ、全身が触れ合うことになる抱擁は、いきなりやったら芹澤にとっては恐怖になるのかもしれない。だから、少しずつ身体に触れていく。まずは肩から首元までをゆっくり撫であげていって、そして鎖骨のあたりを大きく手のひらで撫でてみる。そうすると芹澤はびく、と身体を震わせてシーツを掴んでいたけれど……やっぱり逃げない。俺の目を上目遣いに見つめながら、浅く息を吐く。



「あっ……と、藤堂……」

「怖がんなくていいから」

「ま、まって……んっ……」



 身体のいろんなところに触れてやれば、芹澤の瞳が潤んできた。それでも理性を総動員して、じっくりと芹澤の身体を触っていく。胸、腹、腕、脚、隅々まで丁寧に。芹澤の身体を、俺で侵食していくように。

 時間をかけてゆっくりと。ゆっくり、芹澤の身体を撫でていくと、芹澤がふるふると震え出した。そして、ちょっと手を滑らせれば「あっ……」と小さく声を漏らして、恥じらうように手を口にあてる。はらはらと涙を流しながらそんな仕草をされて……俺の興奮がどんどん煽られていく。

 そろそろやばいな、一気に芹澤を食ってしまいそうだな……俺は自分自身の限界を感じ取る。そのとき。芹澤がそっと俺の手に触れてきた。



「藤堂……も、……いいから、」

「だめだって。おまえがビビりだから」

「大丈夫だからっ……そんなにゆっくりやんなくていい! 藤堂ならもう大丈夫だから、はやく終わらせろ、ばか!」

「はぁ〜? おまえがビビりだからこっちがゆっくりやってやってんのによ、だったら遠慮なく」



 もう無理だ、そんな風に芹澤が俺の手を退かす。じっくりいかれるよりは一気にされた方がいいタイプなのだろうか。だったら望み通り一気にやってやるよ、って一旦芹澤から退いたところで、俺は芹澤の言葉にひっかかりを感じる。

 こいつ……藤堂「なら」大丈夫、って言わなかったか。



「……それは、渾身のデレですか?」

「えっ、何が?」

「……無意識」



 ……これは、タチ悪いぞ。触られるのは怖いけれど、俺にだったらいい、みたいなことを芹澤は考えてるってことだ。それをうっかり俺に言ってしまって、本人はその自覚がない。

 だめだ、可愛い。ほんとうに可愛い。可愛すぎる。



「芹澤!」

「うわあっ、ちょっ、いきなり……!」



 辛抱できなくて、俺は飛びかかるようにして芹澤を掻き抱いた。芹澤の身体が浮く勢いで腰をぐっと抱き上げて、強く強く引き寄せる。そして俺の腕の中に閉じ込めるようにして、芹澤のことをガッチリとホールドしてやった。



「と、藤堂……」



 芹澤の身体は華奢だからか、すっぽりと俺の腕に収まった。それもまた可愛いなあと思う。何をさっきから芹澤に可愛いなんて感じているのか、自分でもよくわからないけれど、可愛いものは可愛い。こうしてぎゅっと抱きしめると胸がきゅーんとなってしまう。



「おまえ、ハグされたらハグし返せよな」

「し返す、って、」

「おまえも俺のこと抱きしめろって言ってんの。背中に手をまわしたりしろよ」

「……っ、」



 わたわたとしていた芹澤が、さらに動揺をはじめた。「えっ」「むり、」とぶつぶつと言ってそわそわと身じろぎだす。

 でも……俺が無言でぎゅっ、ぎゅっ、とハグを続けていると、「んー、」と唸りだしてゆっくりと手を動かし始めた。

 そろそろと手を俺の脇腹のあたりに添える。そして、ゆっくり、今度は腰に触れてくる。ぎゅっとするたびに「んっ……」って喘ぎながら芹澤は必死に俺にハグを返そうとしてきて……それはそれは可愛かった。じっと、このままキスもしたい衝動に耐えていると……ようやく、芹澤の手が俺の肩甲骨のあたりにたどり着く。



「お、できんじゃん」

「……っ、」

「やったなー。このままちゅーとかもできるようになろうぜ」

「なっ……」



 ちょっと悪ノリしてみれば、芹澤は俺の胸を押しのけてバッと俺から離れてしまった。

 今日、俺はなんだかずっと芹澤とキスしたいとかエッチしたいとか考えてしまっている。変だなと思いつつ芹澤に言ってみれば、やっぱりびっくりしたのかおろおろと困ったように困り顔をみせてきた。



「ハグの次はちゅーじゃね?」

「い、い、い、意味わかんない、何の段階を踏んでるんだよ、」

「……なんだろな?」

「わかんないのかよ、ふざけんなばか、死ね!」

「えー……ハグできるようになったしせっかくだからやりたいじゃん」

「せっかくってなんだよ! ついでみたいにキスすんな!」

「ついでじゃなかったらいいの?」

「そんなこと言ってない! ばか!」



 顔を真っ赤にしながらぶんぶんと顔を振る芹澤は、かなり可愛い。これは無理やり唇を奪ってもいけそうだけどな、と思ったけれど踏みとどまっておく。無理やりよりも芹澤に「してもいいよ」と言わせたい。

 今日はハグができるようになっただけでも満足かな。俺は涙目で俯いている芹澤をもう一度抱き寄せて、肩口に顔をうずめる。そうすると、芹澤が恐る恐るといったふうにまた俺の背中に腕をまわしてきた。俺が「ハグされたらハグし返せ」って言ったからだろうけれど、律儀にそれを守る芹澤が可愛い。ぎゅっと抱き合って、俺は芹澤の頭を撫でてやる。



「藤堂……なんでこんなことするの」

「知らね」

「……変だよ、おまえ」



 芹澤が微かに震えて泣き出した。俺は、結局また泣くのかよって心のなかで突っ込んで、芹澤の背中をぽんぽんと叩いてやった。

 たしかに、芹澤の言う通り、俺は変だ。なぜか芹澤を相手にキスをしたいとか抱きたいとか思ってしまう。嫌いなやつに、そんなこと思うものだろうか、やっぱり変だ。



「……おまえが俺を変にしたんじゃん」



 一言、つぶやいて。俺は芹澤を抱く腕に力を込める。こうしているとじわりと心が暖まってきて、ものすごい幸福感に満たされる。なんだろう。俺はほんとうに、どうしてしまったのだろう。




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