“Tear”



「海は神様のなみだが溜まってできたんだって」

「……子供だましの、作り話」

「そんなこと言うなよぉ。話続けらんないじゃん」

「続けていいよ」

「うん、あのさあ、海がなみだが溜まってできたものならさ、涙と海はリンクしてるよね」

「それだけ?」

「それだけ」



 休日、日曜日。俺は結生と海に来ていた。心の整理をするセラピーのような感覚だ。少し前、取り乱してしまっていたときに海に来て、不思議とすっと心が落ち着いたのを思い出し、俺はあの人と話す前にここに来たいと思ったのである。

 今度は、この前にみた東京湾とは別の海。東京と結生の実家の間にある海だ。昼間の暖かい時間にいくと人がたくさんいて気が散ってしまうから、始発の電車できている。

 朝の海は、静かで、綺麗だ。潮風が肌を撫でる感覚とか、心臓の鼓動にとけ込むような漣の音とか、きらめく海の波光とか。ざわめいていた心を静めてくれる、大きな優しさがそこにある。



「涙って名前、由来あるの?」

「……さあ。わかんない」

「でもルイって響きかっこいいよなあ。フランスにいそう」

「たとえ響きを重視したとして、この漢字はどうなの。涙なんて、縁起悪くない?」

「いいじゃん、字面、綺麗だよ?」

「そういう適当な理由で名付けするのは、良くない」



 深い青を眺めながら、俺は自分の名前について考える。

 遠い昔、由来を聞いたことがあるような、ないような。曖昧な記憶をたぐっても答えはでてくることなく、俺はただ、目の前に広がる海に答えを探す。



「……ここの海は、ゴミが多いけれど、東京の海よりも大きいね」

「そりゃあ埋め立てしたところから見る海と、自然な浜辺からみる海は別モンよ」

「日本で一番広い海は?」

「さあ〜……やっぱ、沖縄?」



 ズボンの裾をめくり、靴を脱ぎ。浜辺に置いて、俺は海に向かって歩いていった。前に来たときに感じたのと、同じ。バカみたいに広い海の前には、俺の悩みなんてどうでもよく感じる。家族と話すことができないなんて、なによりも小さな悩みが、本当にちっぽけに思えた。



「日本一広い海を見たら、あの人は、何を思うのかな」

「んー? 連れて行ってあげたら? 大人になってからさ」

「……大人になるまでに、あの人と話せるようになっていたらね」



 この、広い海は。神様のなみだが溜まってできたらしい。

 じゃあ、神様は何を思って泣いたのだろう。こんなにたくさん泣いて、神様はどうなったんだろう。

 そんなことは俺にはわからない。

 けれど、この海がなみだの溜まったものだとして。



「よろこぶぞ〜、あのお母さん、絶対海好きだもん」

「何を根拠に」

「おまえの母親だもん」



 海に足をいれた俺の後ろを、結生もついてくる。しばらく進んで、すねのあたりまで海水がきたあたりで、俺は振り向いた。ニッと笑っている結生が羽織っている白いシャツ。太陽の光を反射して、眩しく光る。

 俺はそんな結生が愛おしくなって、手で海水をすくってかけてやった。「うわっ」って声をあげた結生が楽しそうに笑っている。

 結生に向かって飛んだ海水は、美しく、光る。



「……あの人、日焼けに弱そうだから帽子もかってあげなきゃ」



 この海がなみだの溜まったものだとして、こんなにもきらきらと輝くものなのだろうか。なみだ――それは、哀しいときに流すもの。それが、こんなにもきらきらと輝いていいのだろうか。

 海水がかかって困ったように笑った結生が、濡れた髪をかきあげて俺に近づいてくる。そして、目の前までやってくると、優しく目を細めてきた。

 俺は一歩、結生に近づいて、目を閉じる。そうすれば結生が俺の頬を手のひらで撫でて、唇を重ねてくる。

――海水に濡れた結生の唇が、ほんのり、塩辛い。




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