「……ゆう」



 俺の入院は、それなりに長引いた。葉のことが気がかりで仕方なかったから一刻も早く退院したかったけれど、まだ傷口が完全に塞がっていないらしい。苛々と、悶々とする、入院生活。そんなある日――涙が、お見舞いにきてくれた。



「……体、大丈夫なの?」

「ああ、うん。ありがと」

「……よかった、ゆうが無事で……本当に、よかった」



 涙はお見舞いのためにもってきてくれたらしい、コンビニの袋に入ったゼリーを棚に置くと、とん。と椅子に腰掛ける。ほんのり目元に隈ができていて、なんだか元気がなさそうだ。しばらく俺が学校に行っていないから、もしかしてその隙にまたイジメられていたりしないだろうかと不安になる。

 でも、涙はそんな俺の不安をよそに、俺の無事を確認するなり嬉しそうに瞳を潤ませた。そして、そっと俺の手をとって、ぽろぽろとなみだを流す。



「……先生から、ゆうの家が強盗に入られたってきいて……もしもゆうが酷い怪我をしていたらどうしようって、本当に怖かった。……よかった、ゆう……元気そうで、よかった」

「……強盗?」



 涙のなみだに、目を奪われる。しかし、それと同時に、涙の言葉に違和感を覚えた。

 俺の家に、強盗などはいっていない。俺を刺したのも、葉を犯したのも、俺の兄さんだ。



「……なんだよそれ」

「え? ゆう?」



――すぐに、涙の言葉と事実の差異の理由に気付く。俺の、父親だ。俺の父親は――世間体をひどく気にする質だった。俺が入院している理由を「強盗襲われた」ことにするようにと、学校に強く言いつけたのだろう。自分の息子が人を傷つけたなどと言われたくないがために。

 ひどい親だ、と思う。でも……それと同時に。兄さんはそんな扱いをされて当然だ、なんても思っていた。だって、あんなことをする人……俺だって、自分の家族だなんて思いたくない。



「……ゆう? ゆう、痛い? どうしたの?」

「……大丈夫、大丈夫だから……」



――嫌になる。そんなことを考える自分が嫌になる。

 兄さんがあんなことをしたのは、病気のせいだ。兄さんだって望んであんなことをしたわけじゃない……何度も何度もそう言い聞かせる。でも。「あの時」の、葉の腹の底へ響くような悲痛な叫びを思い出すと、兄さんに、ふと、殺意を覚えてしまう。



「……俺が、……悪いのに」



 家族だろ。兄さんは、家族だ。助けられなかった、俺が悪いんだ。

 自分を責めれば責めるほどに、苦しくて。

 なみだが、止まらなくなった。



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