ゆうの家は、東京のなかでもお金持ちが住む住宅街にある、一軒家だ。何回か、ほんとうに片手で数えられる程度の回数だけど、来たことがある。豪邸というものではないけれど、とても立派な、素敵な家。
「今日は親がいないんだ」
「……そうなんだ」
「あいつらね〜、何考えてるかわかんないや」
「……ふうん?」
ゆうが玄関で靴を脱ぎながら、そんなことをぼやく。あんまり、優れない表情。珍しいな、と思いつつ、それに触れる気も起きない。
ゆうの部屋は、二階にある。記憶は朧げだけど、昔とレイアウトは変わっていなかった。青で統一されたインテリア、どこか生活感のない、部屋。
「涙」
「……?」
「こっちにおいで」
「……うん」
ゆうが、ベッドに座って、俺を手招きする。正直、あまり触れ合いたくはないけれど。抵抗する気は、起きなかった。俺は、おとなしく、ゆうの隣に腰を下ろす。
「あっ……」
手を、重ねられた。ぞわ、と俺の全身の肌が粟立つ。触り方は優しいのに、……ああ、やっぱり、だめだ。ゆうの、目付きが、怖い。この人に、堕ちていきたいのに、身体が、恐怖を覚えている。
ゆうが、俺をどう思っていようと、関係ないのに。もう、何をされてもいいって思っているのに。やっぱり、怖い。結生以外の人に触れられるのは、怖い。
「肩に力はいってる」
「……っ、」
「力抜いて」
「ん、……」
ゆうの手が、俺の腕を撫でる。そして、肩までたどり着き、最後に、頭。くしゃりと髪を撫でてきて、そのまま、……キスを、された。
「セックス、したことあるんだよね?」
「……うん」
「じゃあ、大丈夫だ」
「……え?」
「セックスしよ、涙」
ぐ、と肩を押され。そして、どさりと、押し倒される。
ドクン、と心臓が、高鳴った。ほんとうに、このまま、彼に抱かれるのかと、そう思うと。
どうすればいいのだろう。結生とのセックスしか知らないから、やり方が、わからない。結生とするときは、何も考えなくても、触りたい、触られたい、ってそういった想いが溢れてくるから、考えたりは、しないけれど。ゆうに対して、そうしたことを、思わない。
「怖い?」
「えっ……怖い、というより……できない、気がして」
「触らせてくれればいいよ。涙はじっとしてて」
「……」
もう、自分のことはどうでもいいから、怖いとか、そういった気持ちはない。ただ、やり方がわからないから、乗り気になれなかった。だから、ゆうが、リードしてくれるなら……いいかな、なんて、思ってしまう。
「……じゃあ、……いいよ。しても、いいよ」
「……力、抜いてて」
承諾すれば、ゆうはふっと微笑んで、俺にキスをした。そして……シャツをめくりあげて、上半身を撫で上げる。ぞわぞわとして、俺はぎゅっとシーツを握りしめた。
「……ん、……ん、」
「楽にして」
「あっ、……ん、ぁっ……」
耳元で囁かれて、ゾクッとして、身体から力が抜けると、その瞬間に、ゆうから与えられる刺激が、一気に迫ってきた。心は、触れられることが怖いと、強張っているけれど、身体が、反応する。少し触れられるたびに、びくっ、と、腰が跳ね上がった。
わけが、わからなくなりそうだ。心と、身体の、乖離。心が、身体に、押しつぶされる。くらくらとして、息が苦しくなって……今の、自分がわからない。
「可愛い声。涙。」
「うっ、……あっ、ぁあっ、……ん、」
「もっと善くしてあげる、涙……声、だして」
「ふ、……あっ、ふ、ぁ……っ、」
下を、全部脱がされて、そして、それを、触られる。ゆうは、まだ堅くなっていないそれを握りながら、先っぽを親指でくりくりと円を描くように撫でてきた。
「んっ、んっ、」
ビクンビクンと腰が勝手に跳ねる。下腹部に、熱が、たまっていく。怖い、怖い、そう思うのに、身体が、勝手に、熱を求めている。
焦がれていた。あの、頭の中が真っ白になる、幸福感に。ゆうに、触られて、あの甘い感覚と同じものを得られるのかは、知らない。それでも、欲しかった。今の、空っぽの心は、空虚なその幸福感でも、求めてしまっていた。
ひどく、心は、傷んでいるのに。なぜか、心から、血が溢れ出しているのに。痛くて、痛くて、たまらないのに。欲しかった。
「あっ……ふ、ぁあ……」
「気持ちいいでしょ? これから、たくさんこういうことしてあげるからね」
「あぅっ……んん……あぁ、……」
声は、どんどん、出てしまう。腰が、淫らに、揺れてしまう。俺は、卑しい、自分が思ったよりも、卑しい人間だったのかもしれない。好きでもない人に触られて、こんな風になって。「インバイの子」という言葉を、拒絶する権利なんて、なかったんだ。
ああ、もう、ほんとうにどうでもいい。ずっと、こうして気持ちいいことをして欲しい。こうしている間は、頭の中がふわふわして、がらんどうの幸福感に満たされる。何一つ満たされない、幸福感に、満たされる。
「ちゃんと解してあげるから。痛くないようにね」
「あぁ……」
ゆうが、ベッドサイドから、ローションを取り出す。ボトルのなかのローションが、半分以上使われていたのが、少し気になった。けれど、まあ、どうでもいい。ゆうは、ローションを俺のあそこに垂らして、秘部に、塗りこんでいく。
「あぁー……」
ぬりゅぬりゅとそこにローションを塗りこんで。それから手のひらであそこ全体を揉み込んできて。俺がガクガクと震えながら感じていれば、ゆうがふふっと笑う。
頭のなかが真っ白になってきて……しあわせな気分になっていると、つぷ、とゆうの指がなかにはいりこんできた。なかがゾクゾクッ、と反応して、ゆうの指を締め付ける。
「やわらかい。涙のなか、やわらかくて可愛い」
「んっ、んっ、」
異物がはいってきた、気持ち悪さ。それと同時に、怖いくらいの快楽。ゆうが少しずつ指を増やしていって、三本の指を俺のお尻の穴に出し入れするようになると、ちゅぷちゅぷといやらしい音が部屋のなかに響いた。
「あ……ん、……」
なかをいじられると、なぜだか、たまらなく切なくなる。自分の身体が、「この人のものになる」って、悲しくなるのかもしれない。それが、好きな人なら嬉しいけれど……そうではない人だから、虚しくなる。俺はもう、藤堂に触られることはなくて、これからずっとゆうに触られるんだ……そう考えると、胸がきゅっと痛くなる。
でも……今更、拒絶なんて、する気はない。すべてを、ゆうに投げ渡すつもりなんだから。俺は……これから、ゆうに抱かれるんだから。
ゆうを受け入れようと、俺は、恐る恐るゆうの背中に腕を伸ばす。ぎゅっと、抱きつこうと……がんばった。
「……ッ、」
――そのとき。ゆうの身体が、こわばった。俺の指先が――シャツがめくれて露出していたゆうの腰に、触れた時だ。指先に、何かを、感じた。ゆうの腰は、なめらかではなくて……何か、傷跡のようなものが、あったのだ。それに触れた瞬間、ゆうは、ぎょっとしたように、息を呑んだ。
「ゆ、ゆう……?」
「……あ、いや。ちょっとびっくりしちゃった」
「……ご、ごめん……」
「ううん。ほら、続き、しよ」
「……あっ、……」
――一瞬。その瞳が、強烈に、凍りついた。見てしまった、俺の心臓が、縮こまるほどに。ゆうは、憎悪とか……もっと言えば、殺意とか。そのくらいの、強烈な嫌悪の色を、その瞳に浮かべたのだ。
ゆうは、そんな感情を、俺から隠すように、俺に覆いかぶさってきた。顔を、俺の肩口にうずめて、俺から表情がみえないようにしてしまう。
「んっ、」
……なんだろう。あの傷は……なんだったんだろう。考えようとすれば、ゆうが俺のなかを、激しく掻き回してきて、何も、考えられなくなる。なかを、たくさん、たくさん、弄られて、おかしくなりそうに、なる。
「はは、柔らかくなったね」
「ん……」
「どうしようかな、挿れられそうかな」
ぬりゅん、と、ゆうの指が俺のなかから、出て行く。ゆうは、満足げに笑うと、ズボンのベルトを外し初めた。……上は、脱がないんだ、そう思いながら俺はその様子を、眺めていた。あの腰の傷……結構、大きかったけれど、なんだったんだろう。
「……あ、」
ゆうが、ベルトを途中まで外したところで、チャイムの音が聞こえてきた。来客が、あったようだ。
ゆうは、腕時計を確認して、にたりと笑うと、またベルトをしめる。
「お客さんきちゃった。ちょっとまっててね、涙」
「……うん、」
「……そうだ」
「え、……?」
ゆうが、自分のネクタイを、外す。そして……俺の手首を、まとめあげた。べつに……逃げたり、しないのに。なんでこんなこと、されちゃったんだろう。
「いい子にしているんだよ、涙」
ゆうが、微笑んで、部屋を、出て行った。なんだか……ぞわっと、した。
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