君の泣き声が聞こえる。

 涙は早く退院できると聞いていたけれど、学校にくるのはいつなんだろう。みたところ重症というわけでもなかったし、早いうちに来るかもしれない。もう一度、涙と顔を合わせて話をしたかった俺は、その日を待ち侘びていた。

 学校に着いて、教室を覗き……落胆する。涙は、来ていない。まだホームルームまで時間があるからわからないけれど、今日も涙は学校に来ないような気がした。俺はため息をつきながら席につこうとしてーー固まる。廊下を通った人影……春原を発見したからだ。俺は咄嗟に教室を飛び出して、春原の腕を掴む。



「……おはよう、藤堂くん。どうしたの?」

「……春原、おまえ、」



 色々と、ききたいことはあった。昨日俺が病院から出て行った後、おまえは涙に何を話したんだ、とか。これから涙をどうするつもりなんだ、とか。でも、そうした質問よりも言いようのない怒りが先にこみ上げてきて、うまく言葉がでてこない。俺が言葉に詰まっていれば、春原はふっと微笑んだ。



「顔つき、変わったね」

「……え?」

「最近色々と悩んでいそうだったからさ、心配していたんだよ? でも、今日は違うみたい。なんかスッキリしたような顔をしてる」

「は?」

「……涙と別れたんでしょ。まあ随分とショックは受けているみたいだけどさ、内心ホッとしてんじゃない? 重荷から解放されるってさ」

「……ふ、ざけんな、誰がそんなこと……!」



 あまりにも酷いことを言われて、俺はカッとなって春原に掴みかかった。しかし、ここは朝の学校。あまり騒げば目立ってしまう、とすぐに春原から手を離す。

 春原は、ただ微笑んでいた。絶対に、こいつが涙に「藤堂と別れろ」といったことを言ったに違いない。



「いやいや、涙の存在は藤堂くんにとってかなりの負担になっていたでしょう? あんなキチガイの恋人になるのは疲れたんじゃない? くだらないことで疑いをかけられたり、勝手に勘違いして浮気をしてきたりさ」

「……涙は、辛いことがあったから……自分に自信が持てねぇんだよ、だから……仕方ないだろ、そんなこと。俺はわかっていた、だから、涙のことを支えようと……!」

「わかっていたから何? 藤堂くんにとって辛いことは変わらない。「我慢することが涙のためになる」そうやって自分の気持ちを押し殺していただけでしょ? それ、やめたほうがいいと思うなあ。知ってる? うつ病になる人ってそうやって責任感が強すぎる人なんだよ。藤堂くんもずっと涙と一緒にいたら、うつ病になってたところだった」

「……っ、」



 涙のせいで自分の心まで辛くなるなんて、そんなはずはない……のに、何も言い返せなかった。自分が、危ないところまできていたのが事実だったからだ。自分のせいで、自分のせいで……そうやって自分を追い詰めて、俺はおかしくなる一歩手前まできていた。そして……涙と別れた、そのことでそのズシリとした想いが少しやわらいでいたのも、事実。もちろん涙のことが好きなのは変わらないから、それを認めたくはなかった。認めたくないから……カッとしてしまっているのかもしれない。



「大丈夫大丈夫、それは普通のことだから。よくあるでしょ?大好きな親でも歳をとって介護が必要になって……そうなると介護に苦痛を覚えて親の存在自体が煩わしく思えてしまう。仕方ない、仕方ないんだよ、人間は苦痛を嫌うものだから。藤堂くんは、ひどくなんてないよ。涙のことが鬱陶しかった、はっきりそう言えば? スッキリするよ」

「……そんなこと、ない……俺は涙のことが好きだ、俺は……!」

「辛かったでしょ? もう大丈夫、俺が涙を預かってあげる。藤堂くん、いままでお疲れ様でした」



 春原が俺の肩を叩いて、横切ってゆく。春原に涙を渡すなんて、絶対に嫌だ。春原は、涙のことを虐めることしか考えていない。こいつと一緒にいれば、涙はさらに苦しむことになる。

 でも……思い切り図星を突かれた手前、俺は完全に春原に敗北している。どんな言葉を言おうが、春原に鼻で笑われて終わるだろう。涙も、俺のことを信じることなんて、できない。



「……くそ、」



 結局、春原に言い返すことはできなかった。「涙はやらない」とも言えなかった。

 ……俺は、もう。涙に近付くことを許されないのだろうか。心の片隅ででも、涙と一緒にいることが辛いと思ってしまったことに罪悪感も覚えてしまった、から、尚更。

 どうすればいいのかもわからず、でも涙のことをこのまま諦めることもできず……俺はただ、立ち尽くすことしかできなかった。



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