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 ワイルディング家の屋敷の内部は恐ろしく重い空気が漂いはじめていた。それというのも、アンドレアとジュリアンナの容体が悪化し、ワイルディング家滅亡が秒読みとなってきたからである。どうやら貴族の家が没落した際には神族がその後を管理するらしいのだが、神族が今のところ何一つ動きを見せないのがかえってワイルディング家の不安を煽っているのかもしれない。

 医者を雇ってはいるがアンドレアとジュリアンナの回復の兆しが見えることはなかった。病が進行していることもさながら二人は老体でもあるため、魔術を使っての治療もあまり意味はなさないらしい。アザレアとレイも家にいるあいだはつきっきりで看病をしていた。



「姉さん、もしさ……その、神族がくる事態になったら俺たちどうなるんだ?」

「……わからない。同じように没落した貴族たちの最期は公になっていないもの」

「……奴隷にされたりしないよな?」

「……それは……ないと思うけど。私たちの容姿は水の天使に比べれば大きく劣るもの。奴隷としての価値があるとは思えない。……でも、ラズワードは……」

「……ラズ、か」


 レイはふう、とため息をついた。今まで辛くあたってきたわりにはラズワードが奴隷として連れて行かれるのを惜しむような顔をしたレイに、アザレアは些か驚いた。この屋敷でラズワードといかがわしい関係を結ぶ者のほとんどは、彼との性的な交わりを求めているのであって彼自身を愛しているわけではなかった。いなくなればなったらで「ああ、そういえばいなくなったんだな」とその程度で彼らの中では終わってしまうのだろう。だから、レイがそのような顔をするとは思っていなかったのだ。



「……一応、お父様とお母様が「大切」に守ってきた弟だ。みすみす連れて行かれるわけにもいかない」

「私だって、ラズワードが連れて行かれるのは嫌。……でも、免除金を払わないことには……」

「……免除金ってひと月いくらくらいなんだ?」

「……とても大きな額。レベル4の悪魔を毎日狩ってやっと払えるくらいだったと思う」

「……レベル4……」



 レイはふと俯いた。考え込むような彼の仕草に、思わずアザレアは叫ぶ。



「へ、変なことを考えるのはやめなさい……! 私たちは人を守るための戦い方しか知らない……それは悪魔を狩る戦い方とは違うの、騎士であった私たちがハンターに転職して、いきなりレベル4なんて狩ることができるわけがない!」

「……やってみなきゃわからないだろ! ハンターが一番儲かる仕事なんだよ、そうでもしなきゃラズが売り飛ばされるんだぞ!」

「そんなこと言っても……! 貴方が死んだらどうするの、レイ!」



 アザレアの涙混じりの声に、レイは思わず押し黙った。そうすればアザレアも黙り込んで、部屋の中に静寂が訪れる。ひく、と小さな嗚咽をあげて、アザレアは涙を拭う。



「私は……レイに死なれるのは嫌なの。もちろんラズワードが奴隷にされるのも嫌……これ以上家族を失うのは、嫌なの……!」

「だったら……だったらどうするんだよ。それ以外にラズが連れて行かれない方法があるっていうのか。黙って見過ごせっていうのか……! どうしろって言うんだよ!」

「わからない……そんなのわからない!!」



 もう二人共相当追い詰められていた。自分の未来が見えず、大切な人の未来が見えず。浮かんでくるビジョンは最悪なシナリオばかり。明日さえも怖かった。自分の身も保証されていないなか、冷静に先を見据えることなど不可能だったのだ。

 アザレアとレイはここ最近ずっとこのようなやりとりばかりであった。不安を打ち消すように感情をぶつけ合い、ただひたすらに明日に怯える毎日を送っていたのだった。
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