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 そんなわけで、どこかハルに気まずさを感じていたのである。しかし、一言伝えておかなければ面倒事になってしまう。ラズワードは、意を決して通話ボタンを押した。



「……」



 呼び出し音がなっている。1コール、2コール……10コール。

 出ない。忙しかったのだろうか。またあとでかけ直そうか。

 ラズワードが終了ボタンを押そうとしたその時であった。



『ら、ラズワードか?』

「ハル様……すみません突然」



 妙に震え声のハルの声が、スピーカーから聞こえてきた。とりあえず電話がつながったことに、ラズワードは安堵する。



「お忙しいなか申し訳ございません。お伝えすることがありまして」

『いや、大丈夫。丁度休憩中だったし』

「……そうだったんですか?」

『あ、ああ……な、なんかおまえから電話かかってきてビックリして通話ボタン押すのに時間かかった』

「?」



 ハルが何を言っているのかよくわからなかったが、ラズワードは早めに電話を終わらせなければ、そう思って用件を述べる。



「どうやらレーメンは夜明けにしか姿を現さないようでして……帰宅が明日以降になると思うんですけど」

『え……そうなのか……その村の通貨は一応持っていったんだよな』

「はい、お金の心配ならいりません」

『ああ、わかった。……ああ、言うの忘れたんだけど、その村、ほかにも魔獣でるらしいから気をつけろよ』

「わかりました。ありがとうございます」

『……うん。じゃあ、無事で帰ってくるんだぞ』

「……はい。……では、失礼します」



 ぷつ、と音がして電話が切れる。ラズワードは小さくため息をついて通信機をポケットにしまった。

 ……よかった、思ったよりは普通だった。

 朝の様子からハルが自分に対して何かしら思うところがあるのではないかと心配していたラズワードは、それほどいつもと代わりないハルの声に安心した。
初めてのハルとの電話に妙に緊張していたラズワードは、体の力が抜けていくのを感じた。



(とりあえずどこか泊まる場所見つけないと……野宿は少し辛いし……)



 ラズワードは一晩身をおく場所を探すべく、周囲を見渡した。ネブリナ村は小さな村で、住民同士の密接度も高いようである。明らかに他の住民とかけ離れた容姿をしているラズワードは、「異人」として注目を浴びていた。



(居心地悪いな……)



 ラズワードはかぶっていたフードを引っ張り極力顔を隠す。そしてなるべく人と目を合わせないようにして、宿を探した。



「お兄さん! おーい、聞こえている? あんただよあんた、綺麗な顔のお兄さん!」

「……え?」



 ふと、大きな声で呼ばれた気がした。自分のような怪しい人物がこうも親しげには呼ばれないだろう、そう思って無視しようとしたが、声は明らかに自分に向いている。

 ラズワードはおそるおそる顔をあげた。



「お、正面からみると一段とべっぴんさんだねえ! どうだい、一つ」

「……」



 声をかけてきたのは、見たところ果物屋の店員であった。気さくな笑顔を向けるその男性は、手に真っ赤な果実をもって笑っている。



「……いえ、結構です。すみません」

「どうした? 元気ないようだけど」



 村の雰囲気に気圧されて精神的に疲れていたのが、顔にでていたのだろうか。男性はバシバシとラズワードの肩を叩きながら言う。



「ああ、もしかしてジロジロ見られて嫌になってたのか? そらあ悪かったね、ここの奴ら、最近出没している化物にビクビクしていてさ!」

「……化物って……コウモリみたいなものですか」

「それもいるなあ……でもそれはそんなに怖くねえんだ。ただバタバタ飛んでいるだけだしな。それよりヤバイのが、蜘蛛。なんか馬鹿でかい蜘蛛が最近出てきて、そいつに噛まれると気が狂っちまうって、すっごい恐れられているんだ」

「蜘蛛……」



 ハルの言っていたほかに出る魔獣のことだろう。魔術を無効化するレーメンは、普通の魔術と無縁なヒトからすれば確かに恐る対象ではないかもしれない。しかし、ラズワードからすればとても恐ろしいことに感じた。その魔術を無効化するレーメンと、魔獣と思われる蜘蛛が同時に出現したら、かなり危険だからだ。



「……その蜘蛛も、夜明けにでるんですか?」

「おう、そうなんだ! なんだ、お兄さん。もしかしてソレのこと調べにでもきたのか? やめとけやめとけ、死んじまうぜ。結構前にもそういう人が来たけど、蜘蛛に食われて死んじまった」

「……そう、ですか。お気遣いありがとうございます」



 おそらくハンターがこの村を訪れたことがあるのだろう。そしてレーメンの魔術無効化と同時に蜘蛛に襲われてしまったのかもしれない。



「ああ、っていうか、今もほかにもう一人来ている奴がいるぜ? なんか変わった格好していたけど、そいつも化物のこと聞いて回っていた気がする」

「……本当ですか? その変わった格好って……白い、詰襟の……」

「そうそう! 知り合いなのか? あそこに少し高い建物があるだろ? あれ、宿なんだ。一階はバーになっているぜ。あそこにソイツも確かいったよ」

「……! わかりました。……ありがとうございます」



 男性の指差した方向には、確かに宿とバーの看板を同時に掲げた建物が建っていた。ラズワードは男性にお礼を言って、そこへ向かう。

 服装の特徴からして、先にその宿に言ったのはハンターだろう。白い詰襟の服はハンターの制服だ。



(その人に見つからないようにしたいな……)



 そのハンターの存在に、一つ不安があった。ハンターというものは天界でも最高位を誇る職業である。様々な特権を許される彼らは、自分にプライドを持つものが多い。

 そして、水魔力をもつ者への差別意識がとてつもなく大きいのだ。

 神族の奴隷施設から奴隷を買う人は、収入の高いハンターが多くを占めていた。つまり彼らは、普段から水魔力を「奴隷」として見ているのである。そんなハンターに見つかりでもしたら、どんな目で見られるか、想像は容易であった。
 
 しかし、そうはいっても他に泊まれるような場所は見当たらない。ラズワードは重い足取りでその建物にたどり着き、その扉を開けた。



「いらっしゃい」



 カランカランとベルがなり、扉が開く。そこは受付もなにもなく、いきなりバーが広がっていた。マスターと思われる人は入店してきたラズワードに一声かけたが、それ以降は何も言ってこない。周りにいる客も、ラズワードのことは全く気に止める様子はなく、酒を楽しんでいた。



「……!」



 ラズワードはどうしたものかと考えたが、まずはここの店員であるマスターに宿泊について聞いてみるのがいいだろう。……そう、思ったのだが、一つ問題があった。

 マスターがいるすぐ傍のカウンター、そこに、一人客がいる。その服装は、白の詰襟。ハンターが、そこにいたのである。



「……」



 しかしここでつっ立っていても仕方がない。フードを深くかぶり、ラズワードはカウンターへ近づいていく。



(大丈夫……今の俺は顔さえ隠せばただの地味な男……顔を見られなければ……)



「あの、すみま」

「おい、にーちゃん! この村に住んでいる人か? 一人酒も寂しいからさ、一緒に飲もうぜ!」

「……へ?」



(こ、声をかけられた……!?)



 ラズワードがマスターへ宿泊について尋ねるのを阻んだ人物。それは紛れもなく座っていたハンターの男であった。

 ラズワードはこれ以上伸びないフードを引っ張って、必死で顔を隠す。冷や汗が額を伝う。

 バレたらどうなる。奴隷であることがこの男にバレたら……



「あれ、聞こえている? おーい!」



 ラズワードは最悪の展開を頭の中で描いていた。もしもこのハンターに奴隷であることがバレれば、おそらく捕まる。ハンターであるこの男に抵抗でもして怪我をさせれば、ハルの権威に関わるかもしれない。つまり、捕まれば抵抗も許されることもないまま……



(……いや、でも待て……ヒトの世界では青い瞳なんて珍しくはない……ここはヒトのフリをして乗り切れば……)



 ラズワードは軽く息を吐く。そして、意を決してフードを取った。変に隠しているほうがかえって怪しいというものだ。



「……あれ、おまえ」

「……え?」


 ラズワードがフードをとった瞬間、ハンターの男が息を飲む声が聞こえた。まさか、そこまでヒトとかけ離れた容姿をしているわけでもないのに、天使であると、奴隷であるとバレたのか。ラズワードは自らの激しい心臓の鼓動を聞きながら、視線をハンターの男に向けた。



「……え、……な、」



 そこにいた男にラズワードはただただ驚いた。息をするのも忘れてしまうくらいに。それは、おそらく相手も同じだろう。彼も、あんぐりと口を開けてラズワードを凝視している。



「……おまえ、……え、本物? マジで……? ら、ラズ……?」

「……グラエム……」



 そこにいたのは、魔獣狩りをしていた時代の友人、グラエム。ラズワードが施設に捕らえられる際に、命懸けで救おうとしてくれた人物である。

――無事、だったんだ

 ラズワードは腰が抜けそうになって、カウンターに手を着いた。ラズワードはグラエムが腹に致命傷を受けた後、ノワールが彼を治療したところを見ていないのだ。



「……ラズ……ほんとに、ラズ、なんだな……!」



 ガタ、とグラエムが立ち上がる。そしてふるふると頬を震わせ今にも泣きそうな顔をして、そろりそろりとラズワードに近づいた。



「――ラズッ!!」

「わっ……」



 勢いよくグラエムに抱きつかれてラズワードはよろけてしまった。

 

「よかった……! おまえ、無事だったんだな……! よかった、ホントによかった……」

「グラエム、……くるし……」



 ぎゅう、ときつく抱きしめてくるグラエムに、ラズワードは狼狽えてしまった。どうすればいいんだろう。グラエムが生きていて良かった。その気持ちを表すには、抱きしめ返せばいいんだろうか。

 なぜか熱くなってくる目頭。ツンと痛む鼻の奥。涙がでそう、そう思ってラズワードは手をゆっくりグラエムの腰にまわし、彼の肩口に頬を寄せた。

 なんだろう、すごく暖かい。

 じわりと心の中で何かが溶け出すような。春の雪解けにも似たぬくもりが、妙に心地よく感じた。



「あー、もう、ヤバイわ! どうしよう、オレなんかテンション上がりすぎて!」

「……うん、俺も嬉しいよ」

「おまえ酒飲めるよな? 隣り座ってさ、一緒に飲もうぜ! おごるからよ!」



 頬を紅潮させキラキラとした笑顔でグラエムはラズワードの手を引いた。相変わらずの旧友に、ラズワードは苦笑する。昔の気楽に話すことのできる関係、それが懐かしくて、自然と口元には笑みが溢れていた。

 着席すると、グラエムがマスターに向かって叫ぶ。



「おっさん、オススメの奴2つくれ」



 マスターはハイハイと言って、背を向けた。グラエムは既に口を付けていたグラスをグイ、と飲み干して笑う。



「なあ、ラズ、こんなところで何していたんだ? 施設から脱走でもしたのか?」

「……悪魔、狩りかな? あと脱走なんかしていない」



 にしし、と笑うグラエムを、ラズワードは軽く小突いた。



「俺はちゃんと施設で奴隷として売られて、俺を買い取った先の主人の命でここに来ているんだ」

「……はあー、奴隷として……っつってもよ、俺奴隷見たことあるけど、そいつら皆ボケーっとして……なんか生気のないっつうか、暗い目していたぞ? おまえあんまり変わってなくね?」

「……そう見えるか?」



 純粋な目で見つめてくるグラエムに、自分は昔と大分変わって性奴隷さながらの淫乱だぞ、そう教えてやってもよかった。昔なら絶対しないような誘惑とかをやってみせてもよかった。

 しかし、なんだかそんな気分にはなれず、ラズワードはグラエムの質問は軽く流す。今の関係が壊れるような気がしたから。それは嫌だ、そう思ったのだ。
 
 ……というかそれ以前にグラエム相手にそんなこと死んでもやりたくない、そう思ったのが本音かもしれないが。



「……それよりグラエムこそなんだよその格好……ハンターになったのか? おまえハンターとか絶対ならないとか言ってただろ」

「えー、聞いちゃう? それ聞いちゃうの? 恥ずかしいからなー、どうしよっかなー」

「クネクネするな気持ち悪い。言いたくないならいいよ、無理には聞かないから」

「待てよ、そこはグイグイきて欲しかった!」

「結局言いたいのかよ……」



 どこか顔を赤らめるグラエムをラズワードは怪訝な目で見つめた。そんな風に見られて、グラエムは悪い悪い、と乾いた笑いを見せる。そんな彼は、なぜハンターになったのだろう。昔のグラエムでは考えられなかった転身に、正直なところラズワードは気になって仕方がなかった。

 聞いたことがあったのだ。あのころ、彼に。

 「あんなところにいられねえ」、そう思ってグラエムは家を飛び出し、金もなかったためあそこに流れ着いたのだという。グラエムの家はそれなりに裕福であったため、なりたい職業、つまりハンターであろうとなんの隔たりもなくなることができたのだ。しかし、グラエムの親は、言うならば金の亡者であった。より多くの金を得るために、汚いことにも手を出すし、もちもん高収入であるハンター業も率先してやっていた。ハンター業をしているときは、神族に媚を売り、周りのハンター達を出し抜き、そうして金を稼いでいた。

 グラエムはそんな家に嫌気が差したのだという。ハンターという職業も、親の行いを見ていてろくでもない仕事だという偏見を持っていた。

 親と大喧嘩し、もう二度と顔を見せるなとまで言われて家を飛び出してきたグラエム。裕福な家系という後ろ盾がなくなったグラエムがハンターになるためには、一度親に頭を下げ援助してもらう必要があるだろう。

 どうやって彼はハンターになったのか。そしてなぜハンターになろうだなんて彼が思ったのか。

 ラズワードにはその答えがだせなかったのだ。



「うーん、笑うなよ?」

「笑わない。そもそもハンターになる理由でどうやったら笑いをとれるんだよ」

「いや絶対笑うっておまえ……だってさ、オレハンターになったの――おまえのためだもん」

「……え?」



 グラエムの口からでた言葉に、一瞬ラズワードは耳を疑った。

 俺のため? グラエムは、何を……



「おまえ……施設に捕まったじゃん。そんで、奴隷にされるって……そう思ったら、オレ、どうしても黙っていられなかった」

「……」

「流石にラズを買い取るほどの金をオレはもっていない。だから、力ずくで、奪い返そうって思ったんだ」



 そこに、マスターがグラスをカウンターに静かにおいた。グラエムは会釈だけすると、それを一口飲んで、話を続ける。



「もともと俺たちが持つことを許されていたプロフェットは、とてもじゃねえが使いもんにならねえ。でも、ハンターなら、高ランクのプロフェットを扱うことを許される。だから、オレはハンターになってその武器を手に入れたかったんだ」

「……でも、グラエム……ハンターになるためには……」

「ああ、家に戻った。そんで、あのクソ野郎どもに頭下げたよ。……プライドなんかどうでも良かったんだ。……考えらんねえよな。でも、あの時は必死だった。……ラズを救うんだ、そのためなら、俺のプライドなんか安いもんだってそう思えたんだよ」



 グラエムは照れ笑いをして、くい、と酒を飲む。ラズワードは黙ってその様子を見ていた。

 ガンガンと耳鳴りがするようだった。

 ――どうして、そこまでするんだ

 グラエムの頭を下げる様子を想像して、ラズワードは目眩がした。

 そこまでする価値が、この俺のどこにある。そんなことをしたところで、なんの利益もグラエムにはないはずなのに――



「……グラエム……なんで……俺のためって、どうして……」

「ああ? 友達じゃん」

「友達って……だってそこまでしてグラエムがどんな得するっていうんだよ……」

「は? 得? 何言っていんのおまえ。好きな人のために頑張るのなんて当たり前じゃん。……おまえの兄ちゃんだって、そうだっただろ?」



 ラズワードはグラエムの言っていることを理解できず、混乱してしまった。ハルの時と同じだ。グラエムは、見返りのない好意を自分にかけている。理解できない論理を立て続けに聞かされたラズワードは、わけがわからなくなって、つい感情が昂ぶってしまった。



「……ふうん、グラエム、おまえ兄さんと同じなんだ」

「いや、同じっていったら命懸けで戦ってきたラズの兄ちゃんに悪いかもしれねえけど……」

「いいよ、グラエム。おまえも兄さんと同じく俺に求めるっていうのなら、してもいい。そこまでしてもらったんだし、そうでもしないと悪いから」

「……は? するって……何を?」



 何を言っているんだ、俺は。

 わかっていた。こんなこと、グラエムは求めていない。でもそうでもしなかったら、答えがでない。

 これ以上訳のわからない感情をぶつけられたくない。グラエムの動機が「劣情」であったのなら、どれだけ楽か。簡単な答えか。

 

「グラエム。……セックスしよう」




 グラエムが目を見開く。驚かれることなんて、想定内だ。今までただの友人として接してきた人にそんなことを言われたら驚くのは当たり前だろう。

 ただ、今まで接してきた人はこうして誘いをかけてやれば決まって乗ってきた。あの訳のわからない男ハルだって、例外ではなかった(寸止めされたのは想定外だったが)。

 どうせ、おまえも俺に劣情を抱いているんだろう。……そうだと言ってくれ。これ以上訳のわからない感情を俺にぶつけるのはやめてくれ。



「……ラズ? ごめん、好きな人っていうのは意味が違うっていうか……違うんだ、そういう目でオレみていないから!」

「……だったらグラエムは俺に何を求めているんだよ。それくらいしか俺はできないけど?」

「だから! 何も求めていない! 強いて言うなら、おまえが無事に、笑っていてくれればいい」

「……っ」



 また。また、「笑っていてくれればいい」。

 なんなんだよそれ。笑顔なんて、なんの価値もないじゃないか。



「……おまえもか、グラエム……。おまえもどうせ、そう言って何も求めないフリして……何が狙いだよ! わけわかんねえんだよ! みんなしてそう言って……もうそんな訳のわからないことを言うのはやめろ!」

「……みんな……? おまえ、他のやつにもそう言ったんじゃないだろうな」

「……だったら? それがなんだよ」

「ラズ……おまえ……気づいてないのかよ。そうやって、人の愛情を無下にして……! そのおまえの言う『みんな』はおまえをただ好きで……大切に思っているからそう言っているのに……! それなのに、おまえはそうやって!! わかんねえのか!! そう言われた人が、どれだけ傷ついているのか!!」



 ガッとグラエムがラズワードの胸ぐらを掴む。なぜグラエムが怒っているのかわからなくて、ラズワードはただされるがままになっていた。



「……お客さん……ちょっと、大声あげすぎですよ」

「……え」



 立ち上がり息を荒げるグラエムに、マスターが小さく声をかける。すると、グラエムはきょとんとした顔で周囲を見渡した。

 傍から見れば喧嘩を始めた二人を、周りの客は横目でチラチラと見ている。それに気づき、グラエムはやべ、と小さく言うとへらっと笑った。



「あ……す、すみません、マスター」

「まあ、少し強いお酒ですから。酔ってしまうのは仕方ないですけど、どうか周りの方のご迷惑にならない程度に」

「あ、あのー。こいつの部屋、俺と同じでいいっすか? もし金二人分取るっていうならちゃんと払いますから」



 グラエムがハハハと笑いながらラズワードを指差す。胸ぐらを掴まれたままそんなことをされて、ラズワードはどんな顔をしたらいいのかわからず、なんとなく視線を逸らした。



「……あなたの部屋、一人用ですけどよろしいのですか?」

「あ、あー……大丈夫、こいつとはよくきったねー小屋で一緒に寝ていましたから」

「はあー……そうですか。……どうぞ、よろしいですよ。あんまり激しいことはなさらないように」

「へ? あ、はいー。わかりました」



 ちなみに汚い小屋で〜のくだりは魔獣狩りをしていたころの話である。基地となっている小さな建物のなかで、みんなで昼寝をしていたりした時のことをグラエムは言ったのだろうが、マスターは完全に勘違いしているようである(先ほどの二人の会話を聞いていたのなら仕方のないことかもしれない)。

 チラチラと視線を飛ばされるなか、グラエムはマスターに酒の支払いをするとラズワードを引っ張り階段へ向かっていった。そんな彼に、ぼんやりとラズワードはただ引きずられるしかなかった。
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