ずっと、ずっと、忘れられないセックスがある。「彼」とのセックスすべてだ。
彼とは、何度も何度も身体を重ねた。あの、施設のなかでも。調教と称して、身体を、想いを、重ね合ったのだ。
ノワールの部屋に行くときには、ラズワードはローブを着てゆく。いつもの奴隷服を着ていると、ノワールの部屋に行くまでに誰かとすれ違ったときに不審に思われるからだ。きちんとした服を着せられて、ローブを着て。ノワールの隣に堂々と立ちながら彼の部屋まで向かってゆく。神族の人間とすれ違うとどうしても身体がすくむが、ノワールは「これも調教の一環」と言っていた。レッドフォード家に買われたときに、身分の高い人間を前に怖じ気づいてばかりではいけないだろうと。
ノワールの部屋にたどり着くと、いつも、クラクラとしてしまう。彼の部屋は、やはり彼の匂いが漂っていた。香水の香りと、彼の身体の匂いが混じった香り。爽やかなようでいて、甘いようでいて、優しく静かな香り。落ち着く香りなのに、酩酊感を覚える。
部屋の扉を閉めると、ノワールは「こっちにおいで」とラズワードをキッチンに招いた。
『お茶の淹れ方も知っておかないとね。レッドフォード家は紅茶派らしいよ』
『……ノワール様も紅茶派ですか?』
『俺はコーヒー派』
『じゃあ、コーヒーを淹れられるようになりたいです』
『ふふ。でもきみはレッドフォード家に行くんだから』
何をするにも、「レッドフォード家に相応しい奴隷になれるように」ラズワードに色々と教えてくる。ラズワードはそれが不満だった。もっと、彼に寄り添いたいのに。……そんなことを思ってはいけないのだろうか。本当に自分は、レッドフォード家のために生きていくのだろうか。そんなことを考えてはいけないのだろうか。
そんなラズワードの視線を、ノワールも気付いているのだろう。けれど、気付かないふりをして。ノワールとラズワードの関係は、あくまで奴隷商と奴隷。調教する側とされる側。それが二人の暗黙の了解だった。
ノワールが紅茶の淹れ方の手本を見せてくれる。小さな鍋に茶葉をいれて、火をつける。しばらくして蒸らしたあとに、ミルクを入れて。少しばかりの蜂蜜をいれて、火をとめて、茶こしごしにポットに注ぐ。ノワールが笑って「どうぞ」とティーカップに入れた紅茶を渡してきた。
『……美味しい』
『気に入った?』
『はい』
『今度俺の部屋に来たときは、ラズワードに淹れてもらうね』
コクのあるミルクのなかに、わずかな蜂蜜の甘さ。ワイルディング家で飲んでいた紅茶と同じような味がした。あまり良い思い出ではないが、ワイルディング家も貴族。出てくる食事は一流のものだ。
自分が紅茶を淹れる側になるのか……と思うと不思議な気持ちだ。
ラズワードは紅茶を飲み終えると、ノワールが手招きをしてラズワードをベッドに誘う。二人でベッドに座って、……調教の始まり。
『ラズワード。俺に、キスをしてみて』
『……はい』
どんな風に?
ノワールとは、甘く、深く、深く、どこまでも堕ちてゆくようなキスをしたい。けれど……それは、奴隷としては違うのだろう。ラズワードはぐっとこらえて、そっとノワールに口づけをした。
唇が重なる。閉じたまぶたをそっと開けると、ノワールが目を閉じているのが見えた。その瞬間、バクンと心臓が高鳴るのを感じる。
思わずラズワードはノワールを押し倒した。ばふんと音を立てて、その細い身体はベッドに沈む。
『わ、ちょっと。ラズワード……だめだよ、こんなことをしちゃ……』
『ノワール様……』
『……ラズワード、』
ラズワードの瞳は、切なく細められる。その表情を見たノワールは、瞳を揺らめかせた。
『だめだよ……』
ノワールはゆっくりとラズワードの後頭部に手を添えて、ラズワードを引き寄せる。ラズワードは食らいつくようにノワールにキスをして、その唇を貪った。
奴隷はこんなことをしない。ラズワードもノワールもそんなことはわかっている。けれども――止められない。
『はあっ……は、……ん……』
ノワールがラズワードの腰に手を回す。ラズワードはそれに応えるように腰を揺らした。
舌を絡めて、何度も角度を変えながら深いキスをする。
キスだけで、はぜてしまいそうだ。ラズワードはかあっと顔に血が上ったような感覚に陥って、名残惜しさを残して唇を放す。ノワールは熟れた瞳でラズワードを見上げて、はあ、はあ、と息を零していた。
『だめだ、ラズワード……調教の成果がまるで出ていない、』
『……すみません』
『おまえは――』
ノワールがラズワードを引き倒して、ぐるんと体勢を変える。ノワールがラズワードの上に乗って、じっとラズワードを見下ろした。
『おまえは、主人にされるがままでいるんだ。いいな』
『……はい、』
『俺を、レッドフォード家の次男だと思って……俺に抱かれろ』
『……』
いやだ。そんなことを言ったら怒られてしまう。
ラズワードは返事をしないというささやかな抵抗を示した。俺はノワールに抱かれたい。そう思っている。
ラズワードが反抗していていることに、ノワールも気付いているだろう。けれども、叱ることはなかった。「本当におまえは馬鹿だな」と言って、悲しそうに笑う。
『ねえ、ノワール様……ノワール様は……。……。……俺が、レッドフォード家へ行くの……どう思っているんですか』
『……誉れだと思っているよ。あのレッドフォード家だ。そこに、特別な奴隷として買われることは、誇り高いことだと思う』
『本当は、どう思っていますか。本当に……俺が、他の人のものになること……イヤじゃないんですか』
ノワールは眉を寄せて、黙り込む。答えは言わない――そう返事するように、ラズワードの唇を塞ぐ。
ノワールがラズワードの服を脱がせてゆく。ラズワードは嫌がるようにノワールの手を払いのけた。
ノワール以外に抱かれたくない。レッドフォード家の次男なんて知らない。俺はノワール以外のものにならない。
『ラズワード』
ノワールがラズワードの手をつかむ。
『頼むから、俺の言うことを聞いてくれ』
『……』
ラズワードはむすっとしてノワールから目をそらす。ノワールがなんと言おうと、ノワール以外のものにはならない。ノワールの言うことなら仕方ないからレッドフォード家に行くだけ行ってやってもいいが、心だけは絶対に誰にも渡さない。
ノワールは軽く自らの唇を噛んで、はだけたラズワードの胸元に顔を埋める。
『あっ……』
『ラズワード……これは、調教だからな……』
『う、……あぁっ、……あ、あ、」
彼の舌が身体を這う。
彼に触れられると、身体がじんじんと熱くなる。ほんの少し、舌先が肌に触れるだけでも。身体がひくんひくんと跳ねてしまうのだ。
ラズワードはシーツをつかんで、身体をよじる。なまめかしく揺れる腰に、ノワールはするりと指を這わせた。ぞくぞくぞくぞくっ、と身体の芯が熱を持って、ラズワードの身体がわずかのけぞってゆく。
『あぁん……』
『いい具合だ、ラズワード。ここまで可愛らしい反応ができるなら、彼も喜んでくださるよ』
萎えることを言うなよ。
そう文句を言いたかったが、気持ちいいのには逆らえない。
ノワールはするするとラズワードの服をほどいていって、ラズワードのすべての肌を剥き出しにした。太ももを手のひらでするするとなでて、しゅる……と膝の裏を優しくつかむ。そして、ぐっ……と脚を押し上げた。
大きく開脚させられた脚の中心には、ぷるんとたちあがったものがある。ラズワードは恥ずかしくなって、そろそろとソコを隠そうとした。けれども、ノワールが「だめだ」とささやいたので、手を止める。彼の命令には身体が逆らえない。ぴくん、と後孔が疼いて、情けなくそこをさらけ出す。
ノワールがラズワードの秘部に顔を埋めた。にゅる、と舌が孔に触れた瞬間、ラズワードはのけぞって甘い声をあげる。
『あぁあっ……』
ノワールはラズワードのものを優しく手の平で包んで、ゆるく扱き始めた。それと同時に、舌先で孔の形をなぞるようににゅるにゅるとソコを責める。同時にゆるい刺激を与えられて、ラズワードは脚をかくかくとさせて、のけぞりながら腰を揺らした。
『あぁん……あぁあっ……あ、あぁあ……』
『ラズワード……もっと、下腹部に意識を集中させて……わずかな刺激も広い集めるんだ。そうすれば、もっと扇情的になれる』
『ん、あぁあっ……だめっ、だめっ、ノワールさまぁ……同時はだめぇっ……』
『俺の名前を呼ぶな、ラズワード……』
『ノワールさまぁ……』
もはやラズワードはノワールの言うことを聞いていられなかった。
レッドフォード家なんて知るか。今、俺はノワール様に抱かれている。
ラズワードはかくかくと腰を揺らしながら、ノワールにおねだりをするようにきゅうきゅうと孔を収縮させた。
『かわいいよ、ラズワード』
『あっ、あっ……!』
彼に「かわいい」と言われた瞬間。ぎゅっと刺激が詰まるような感覚がして、ラズワードは慌てて自身をノワールの手の上から握った。あっという間に達してしまいそうになったので、焦ったのだ。ノワールはふっと笑って、そのまま優しくラズワードのものの根元を握る。
『うん、そうだね……すぐにイっちゃったら面白くない。がまんしてみて。そうすれば、もっと気持ちよくなれるよ』
『はい、ノワールさま……』
『だから、俺じゃなくて……』
ノワールはレッドフォード家の次男の名を口にしたが、それを聞きたくないとでもいうようにラズワードは甲高い声をあげた。ノワールは「まったく……」と複雑そうな表情を浮かべながら、ラズワードへ与える刺激を激しくしてやる。
きゅ、と根元を握りながら。孔へ舌を入れてじゅぶじゅぶと抜き差しした。ラズワードはがくがくと身体を震わせて、ノワールの髪の毛をつかんで悶える。
『あっ、あぁっ、あっ、あっ、』
もう、イっているのかイっていないのかもわからない。ビクンビクンと下腹部のなかで熱が破裂するのを繰り返している。頭が真っ白になって、狂ってしまいそうだった。
舌で十分にソコを柔らかくしたあと、ノワールはソコに指をいれた。一本、二本、三本……徐々に指の本数をふやされて、ラズワードは髪を振り乱す。
『も、むり、むり、イきたい、イきたい、ノワールさま、イかせてくださいっ……』
『ん? 調教中だぞ? おねだりなんて許していない』
『ごめんなさい、でも、でもっ……もう、だめ、だめ』
ノワールは仕方ないなとでも言いたげに微笑んだ。
ラズワードの根元をつかんでいた手を放すと……ナカにいれていた指でぐっと前立腺を押して、ぐんぐんとそこを圧迫し始めた。
『あぁっ! あ! あぁぁああぁあっ――……!』
どぴゅっ、どぴゅっ、と白濁を吐き出して、ラズワードは果ててしまう。最後まで出し切るようにノワールは刺激を止めることはなく、ラズワードはびっくんびっくんと腰を跳ねさせながら連続で絶頂した。
白濁をすべて出し切って、ラズワードはぐったりと横たわる。ノワールは自身の服を脱ぐと、ラズワードの隣にぽふっと横になった。
ノワールはラズワードの顔をなでて、「可愛いね、ラズワード」と甘くささやく。ラズワードは目をとろんと蕩けさせて、ノワールを見つめ返した。
『ノワールさま……すき……すき……ノワールさま……』
『……だめ。俺は、俺じゃないよ』
『ノワールさまが好き……』
ラズワードはぽろぽろと泣きながら、ノワールの手の上に手のひらを添える。
『いやだ……ノワールさまから離れたくない。ノワールさま……ずっと、一緒にいたいです……俺を、手放さないで……』
『……ラズワード』
ノワールが身体を起こす。そして、ラズワードの上にのしかかった。
ノワールはラズワードの頬を愛おしげになでて、さみしそうに笑う。
『広い世界を知るんだ、ラズワード。この世界は、きみが思っているよりも悲しくて、きみが思っているよりもやさしい。きみがたくさんのものを見たあとに……それでも、俺を愛してくれているなら。そのときは――俺と、一緒になろう』
『……俺は、どんなに廻り廻っても……最後には、あなたの隣に立ちます』
『ラズワード……』
ノワールがこつんとラズワードと額を合わせる。
『俺はずっと、きみを愛しているからね』
『――……!』
どくんと心臓が震える。
ノワールは顔をあげて、「さて、調教を再開しようか」と言った。
ラズワードは切なげにノワールを見上げる。
ノワールはラズワードの柔らかくなったそこに、ぐ、と熱を押し当てた。そして、ずぷ……とゆっくりとなかに埋めてゆく。
『あッ――……』
ゾクゾクと、全身に電流が走ったような快楽が響く。ノワールは奥までそれをいれると、ぎゅっとラズワードを抱きしめてきた。
『ラズワード。きみは、たくさん望まないセックスをしてきたと思うけれど……セックスは、本当はこうやるんだよ』
『ノワールさま……』
『ふふ、俺も人のことを言えないけれど。調教師として、きみにちゃんとしたセックスを教えてあげる。ラズワード……俺の背中に、腕を回して』
『はい……』
『そう。……動くよ。俺の肌の熱さを、ちゃんと感じていてね』
ぐ、と奥に甘い快楽が響いた。
そして、ずん……ずん……とゆっくりと、奥を突かれる。
『あぁっ……あぁ……あん……あん……』
『ラズワード、そう……もっと、声を出してみて』
『あっ、あっ、あぁんっ、もっとぉ……』
『上手、ラズワード……もっと感じて』
全身が揺さぶられる。
ラズワードにとって、初めて「セックス」をした相手がノワールだった。いままで一方的に暴行されてばかりだった。想いが繋がった「セックス」が、こんなに気持ちのいいものだなんて、ラズワードはノワールに抱かれて初めて知ったのだ。
もっと、セックスがしたい。大好きな人に抱かれたい。こんなに幸せな行為なら、いくらでも溺れてもいい。
『はぁっ、んっ、あぁっ、もっと、もっとして、ノワールさまっ……もっと、奥、奥……』
『ラズワードも、腰を揺らしてみて』
『んっ、んっ……ぁんっあんっ、いいっ、きもちいいっ……』
ぱんっ、ぱんっ、と肌がぶつかる音が響く。
永遠にこうしていたい。彼と抱きしめ合って、快楽に耽っていたい。
ずっと、ずっと――……
『はぁっ、はっ……ラズワード、……』
『あっ、ノワールさまっ……なかっ、なかに、くださいっ……』
彼が息を切らしている姿を見るのも、なかに吐き出される感覚も。すべてが愛おしい。
彼はこのセックスを調教だなんて言うけれど。彼以外とのセックスを、セックスなんて呼びたくなかった。
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