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ハルの別荘では、うららかな日々が流れていた。
窓際に置かれた椅子に座り、微笑むラズワード。「身籠もった」身体に負担がかからないように、身体を締め付けないローブを身につけている。ラズワードはやさしく自らの腹を撫でて、歌を歌っている。
その姿は、さえずる鳥のようで美しかった。美しかった――けれども。その美しさは、ハルの知っているラズワードの美しさではなかった。
「……ラズ。喉は渇かない? 飲み物いれたよ」
「ありがとうございます、ハル様」
ハルは白湯をラズワードに手渡す。
……彼は、紅茶が好きだったはずだった。けれども身籠もってしまったので、紅茶は飲まないようにしているらしい。
ラズワードは白湯を受けると、こく、と一口飲み込む。
「ハル様、今日は少し身体の調子がいいんです。少し、外にでも――」
ラズワードが外を眺めながら呟いたとき、ズン、と地鳴りが響く。不審に思ったハルが窓から外を見ると――
「……あれは、」
そこにいたのは、ブライアーズ家の次期当主・ロードリック・フィル・ブライアーズ。ここに来るなど聞いていないが……そもそも、ハルがここにいることを何故彼が知っているのか。というより、今の地鳴りはなんだ。
ハルはなんとも言えぬ危険を察知して、ランスを手に取る。
「ハルさま……」
「ラズはここで待っていて」
「し、しかし……」
まさか襲撃? なんのために? いや、突飛なあの男なら意味もなく戦いを挑んでくる可能性もある。
不安に駆られながらも、ハルは外に出る。ラズワードは制止を受けながらも、ハルのことが心配で後ろからついていった。
ハルとラズワードが外に出ると、腕を組んだロードリックが堂々と立っていた。(何勝手に人の敷地に入って堂々としているんだよ……)とハルは言いたくなったが、なるべく争いたくないので冷静に彼に問いかける。
「ロードリック殿……ご無沙汰しています。何をしにここへ?」
「貴殿に勝負を申込みにきた。貴殿が最もレッドフォード家で強ェんだろ!?」
「な、なんだって?」
ハルは、ロードリックとエリスのやりとりを知らない。そのため、なんのためにロードリックが自分に勝負を申込んでいるのかわからなかった。……わかったところで理解はできないだろうが。
「勝負なんてするつもりはない。帰っていただきたい」
「さあ、構えろ! 勝者がレッドフォード家の家督を継ぐのだ!」
「は、はあ!?」
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