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 レッドフォード邸にラズワードが戻らなくなって、しばらく経つ。ハルはたびたび戻ってくるのだが、ラズワードは何故か一向に姿を見せない。流石にラズワードに何かあったのだろうと、ハルの別荘に赴いてみようか――エリスが、そんなことを考えていた矢先。


「――いや、まったくもって、貴方が何をおっしゃっているのかわからないのですが」

「あン? オレはわかりやすく言ったつもりだぜ? この世界をブッ壊してやろうってな!」

「……」


 エリスは頭を抱え、傍らで見守っていたアザレアは引きつったような苦笑いを浮かべる。

 来訪者の名前は、ロードリック・フィル・ブライアーズ。レッドフォード家、マクファーレン家に並ぶ3大貴族の一角、ブライアーズ家の次期当主の男である。

 ロードリックはアポも取らずに、突然レッドフォード家にやってきた。そして言ってきたのが「世界をブッ壊そうぜ!」である。なんでも、ロードリックは今の堅苦しい貴族社会が気に食わないようだ。だから、1からすべてをやり直すために、神族も巻き込んで大乱闘にしてやろうと。

 エリスはあっけにとられるしかない。


「なんだって今代のブライアーズ家とマクファーレン家の皆々様は、頭がおイカれになっていらっしゃる……あのマクファーレンのクソガキといい、ろくでもないヤツばかりか……?」

「マクファーレン? おう、レヴィのやつにも言ってやったんだよ」

「……ほお、それでマクファーレンの彼は何と?」

「『お宅のように何も考えずに暴れ回るのはバカとしかいいようがない。革命っていうのは計画を練ってやるものだ。革命を起こす気なら、オレと一緒にやるか?』だと。オレは革命の話なんてしてねえんだけどなあ」

「か、革命……? いや、もう……どこから突っ込めばいいか……」


 レヴィとも揉めたが、今度はこのロードリックと揉めることになるのか……とエリスはため息をついた。

 レヴィとロードリックは、少し考えが似ている。今の、貴族社会を変えたい。それが彼らの考えだ。

 エリスも、理解できないわけではない。今の3大貴族を中心とする天界は「現状維持」が基本となっている。太古の時代、ガブリエルが起こした罪を咎めよと。ガブリエルの血を引く水の天使はその罪を償い続けよと。ミカエル・ラファエル・ウリエルの意思を継ぐ3大貴族は「現状維持」をすることで天界の均衡を守れと。本当にそれが正しいのか、それを咀嚼することなく「現状維持」をしている。


「……マクファーレンの当主が何を考えているのかは知らないが、彼の言うことはたしかだ。貴族社会を変えたいというのなら、闇雲に争いを起こすべきではない。まずは話し合いを……」

「ああ、めんどくせえ! そもそもだ、大昔の大罪だかなんだかをいつまでも引きずって、汚ねえ金で表面だけ整った世界が話し合いで変わるってか? そんな世界を守って何になるってんだ」

「……、」


 ロードリックの言い分も、一理あるかもしれない……とエリスは思う。

 今まで、エリスはレッドフォード家の教えをひたむきに受け継いでいた。ミカエルを裏切ったガブリエルを赦すべからず。その罪を背負う水の天使に慈悲を与えるな。……だから、水の天使を人間だとすら思っていなかった。

 しかし、水の天使であるラズワードを愛するハルを見ていると、もしかしたらソレは正しくないのかもしれない……そんなことを、思うことも……ないわけではない。


「だからよお! 強えやつがすべてを支配する! そんな世界にするのさ! 過去の罪だなんだめんどくせえ話で身分が決まっちまうよりもわかりやすくて納得できるだろ!」

「……クソ、一瞬ほだされた俺がバカだった……ロードリック殿、貴殿の言い分はやはりめちゃくちゃだ! 無計画に争いを起こしても、無意味に犠牲者が出るだけだぞ!」

「なあ、レッドフォード家で一番強えやつは誰だ! レグルスに出ていた次男坊か!? そいつは今どこにいる!?」


 エリスは眉間に深いしわを寄せる。

 ロードリックは考えこそは共感できるところもあるが、やり方が大雑把すぎる。しかし、彼のような脳筋男は言葉で何を言おうが黙ることはないだろう。これは一度力でわからせてやったほうがよいのではないか……そんなことをエリスは思う。

 ただ、ロードリックは力自慢で有名な男だ。正直なところ、ハルが敵う相手には思えない。このままハルと戦わせたら危険だ。


「……ハルは今、出張で……しばらくレッドフォード邸には帰らない予定なんですよ」

「――ほお。そうか。なら自分で探すとしよう!」

「えっ――」


 ――探す? どうやって?

 ロードリックが勢いよく立ち上がったところで、思わずエリスも立ち上がる。


「待て、そもそもハルと戦ってどうするんだ! 貴殿がアイツに勝ったところで――……」

「レッドフォードで一番強ェヤツに勝つ! そしてオレがレッドフォードを支配する! 何も問題あるまい!」

「問題大アリだ! 待ちやがれ!」


 エリスの制止もむなしく、ロードリックはずんずんと肩で風をきるようにして屋敷を出て行ってしまった。

 そのとき、窓から一羽の鳥が入ってくる。書簡を届けに来たようだ。エリスはそれを受け取って、中身を確認する。


「……『ブライアーズ家のご子息殿が、レッドフォードに喧嘩を売りに行くらしいから気をつけたほうがいい……こっちは上手く言いくるめて回避したがな!』 ……ってマクファーレンとこのアイツか! クソ、遅いんだよ!」

「え、エリス様……どうしましょう……」

「……」


 煽っているのか、本当に心配しているのかわからないようなレヴィからの手紙に、エリスは舌打ちを打つ。

 ハルに伝えたほうがよいだろう。手紙を書いていては時間がかかる……となると、ハルの別荘に赴くのがよい。ただ、本当に行ってもいいのだろうか……。

 エリスは頭を悩ませるのであった。
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