10

「――ああ、おかえり、ラズ」

「……ハル様。ただいま帰りました」



 アザレアに言われた通りにハルの部屋に行けば、彼はいつものように穏やかにラズワードを迎え入れてくれた。てっきり、重い話が待っているのかと思っていたラズワードは、思わず拍子抜けしてしまう。

 黙っておくわけにはいかないのだが、まだ、心の整理がついていなかった。



「あの……ハル様、話があるって……」

「ああ、うん」



 ラズワードから話を振れば、ハルはどことなく覇気のない声を出す。そこで――ラズワードは、気付いた。ハルの様子が、いつもとは違うということに。

 笑ってはいる。しかし――目が、どこを見ているのかわからない。瞳がどこか翳りを帯びていて、何を考えているのかがわからない。



「――ラズ」

「はっ……はい……」



 ちら、とハルがラズワードを見つめる。ラズワードは冷水をかけられたように血の気が引いて、足がすくんでしまった。

 ハルのそんな表情を見たことがない。こんなにも、何を考えているのかわからない、怒っているのか哀しんでいるのかさえわからない、仄暗い瞳を――初めて見た。



「明日から一週間くらい。二人で、旅行に行こう」

「……えっ?」

「別荘があるから、そこに。二人で、そこで過ごそうか」



 ふっ、とハルが微笑む。

 表情は柔らかい、言葉は嬉しいはずの誘い。それなのに――ラズワードは素直に喜べなかった。ハルが瞳の奥にしまい込んでいるものが、怖かった。
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