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「……でかっ」



 触手を持つ魔物は何度か見たことがあるラズワードであったが、ここまで大きな魔物は初めてである。神族がわざわざレッドフォードに依頼してきたことに納得して、ラズワードはどうやってこの怪物を仕留めようか思考を巡らせていた。

 全身を凍らせるか――きっとこの魔物は凍らせたところですぐに氷を破ってしまう。攻撃するか――どこが中心なのかもわからないこの体では、なかなか急所に攻撃を当てることはできないだろう。それなら――全身の血液を、凝固させるのはどうだろう。それならば、そう魔力も使わないし確実に仕留められるはずだ。

 とりあえず、この化け物を仕留める方法を決めたラズワードは、まず拘束を解かねばとため息をつく。手も足もとらえられてしまっているから、身動きがとれない。剣を抜くことができないため、攻撃に移れないが……。



「プロフェット使わないと余計に魔力を使うから嫌なんだ――、あれっ」



 一応、一般論でいうと、魔力を持っていてもプロフェット――つまるところ魔力を体外に効率よく放出するための道具がなければ魔術を使うことができない。ラズワードのプロフェットが剣であったため、剣がなければ普通であれば魔術を使えないのだが――例外として、異常な魔力量を持つものであれば、剣がなくても魔術を使うことができる。あくまでもプロフェットは魔力を「効率よく」放出するための道具だ。「効率悪く」であれば誰でもプロフェットなしに魔術を使うことができる――ただ、魔術の威力が極端に下がるというだけで。つまり、ラズワードのような膨大な魔力を持っている者であれば、効率悪く魔力を放出したとしても、それなりの威力のある魔術を放つことができるということである。
 
 ただ魔力の無駄遣いとなるその行為を、ラズワードはめんどうに思っただけであった。しかし、そうもいっていられない状況のため、仕方なくプロフェットなしで魔術を使おうとしたが――その瞬間、視界にとんでもないものが映ったのである。



「……リンドブルム!? なんかこっちくる……えっ、うわああ!?」



 ラズワードの視界に飛び込んできたのは、リンドブルム――凶悪な飛龍である。通常、人間が住まうような村に現れることのない、恐ろしいドラゴンであり、こんなところに現れるのは異常事態。もちろん、神族からの依頼にこのリンドブルムの情報などなく。そのリンドブルムが、あろうことかラズワードをとらえる魔物のところまで飛んできて――一気に魔物を噛み殺してしまったのである。

 凄まじいスピードで魔物を殺し切ったせいか、衝撃波と地鳴りが破裂したように広がって、勢いよくラズワードは吹き飛ばされた。ものすごい勢いで触手から解放されたラズワードは、そのまま地面に叩きつけられてしまった。一瞬、何が起こったのかわからなかったラズワードは、慌てて剣を抜いて突如現れたリンドブルムにそれを向ける。



「――え」



 しかし。

 リンドブルムは、魔物を殺すとそのままおとなしく地面に降り立って、それ以上暴れようとはしなかった。凶暴なドラゴンであるはずのリンドブルムが、魔力の塊であるラズワードを見て黙っていられるはずがないというのに――。

 

「――ずいぶんと無様な姿を見せつけてくれるじゃない、ラズワード」



 ラズワードがリンドブルムの様子をうかがっていると、ひとつ――小柄な人影が現れる。砂塵のせいでその正体が一体誰なのか、しばらくわからなかったが――やがて。



「……ルージュ様……?」



 砂塵が晴れ、一人の少女が現れる。リンドブルムは少女を守る騎士のように、彼女のそばを離れない。可憐な白いレースのワンピースを身にまとう少女はさながら姫のようであったが、ラズワードを見下ろすその瞳は女王のように気高い。



「リリィとお呼び。私は私としておまえを殺しにきたのよ――ラズワード・ベル・ワイルディング」
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