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『なんだソレは――どうするつもりだ? リリィ?』

「いつもと同じよ。何、いつもは私に話しかけてきたりなんてしないくせに」

『ハハ、なんだ、ご機嫌斜めだな』



 自室に戻り、リリィは完全に部屋を締め切った状態で、あるものをテーブルに広げる。

 大きなトレーに入った、大量のどろどろとしたモノ。リリィはそれを一つつまみ上げると、「う」と小さな声をあげて顔をしかめた。



『おまえ、いつも一つでギブじゃねえか。そんなに一気に、無理に決まってる』

「無理とか言ってらんないの! 食べなきゃ――食べなきゃ、強くなれない……!」



 リリィが「食べよう」としているもの。それは――魔獣の、心臓だった。

 魔獣の心臓は、以前ラズワードが所属していたバガボンドのようなチームが狩ってくるものだ。専用の市場でそれなりの高値で取引される。用途としては、基本的には契約獣の餌といったものだ。魔獣や聖獣の心臓は食べると魔力となるため、魔力の上昇や回復に最適とされている。自分の契約している契約獣に食べさせれば、契約獣を強くすることができるのだ。

 しかしーーリリィはそれを、自ら食べている。自分の魔力をあげるために。



『ククッ、まったく大した女よ。そんなモン食ってる姿、おまえの愛しい愛しいノワールに見られたらどう思われるか』

「……黙りなさい、ジャバウォック。ノワールがどう思うかなんて、関係ない。私は強くなって……ラズワードを殺さないといけないの」

『……そんなに意地になってあのクソガキを殺す必要がどこにある。ノワールなんてあの水の天使にくれちまえ。リリィ……おまえは、オレと番になるんだからよ。ノワールのことなんてどうでもいいじゃねえか』



 リリィは先程から心に話しかけてくる魔獣ーージャバウォックの言葉に苛立ちを覚えながら、手にとった心臓をぐっと握った。生の状態の心臓はぼたぼたと赤黒い血を拭きあげて、リリィの手をどろどろと汚していってしまう。



「……どうでもよかったら……こんなことしない」



 リリィは、ぐ、と息を一度呑み込んでーーそのまま、心臓にかぶりついた。どぼどぼと大量の血が溢れ出してきて、リリィの可憐な口元も、ふわふわとした髪の毛も、何もかもを生臭い血で汚してゆく。むせ返るような悪臭と強烈な血の味に何度も何度も吐きそうになって、実際に何回か吐きながらーーリリィは心臓を食らい続けた。あまりの気持ち悪さにぼろぼろと涙を流しながらも、それでも、魔獣の心臓を呑み込んだ。

 魔獣の心臓というのは、あくまで「契約獣の餌」として売られているものである。人間が食べられるような代物ではない。しかし、リリィは幼少の頃より、弱さのコンプレックスから少しずつ魔獣の心臓を食らっていた。もちろん、それが異常なことであるというのは知っていたから、誰にも言わないでいたのだが。

 今、こうしてリリィは大量の心臓を一度に食らっている。今まで、なんとか少しずつ食べてこれたようなものを、大量に、だ。その理由はただーーノワールを救いたいから。ノワールを死へ誘うラズワードという「悪魔」を殺したいからだ。




「う、……おぇ、……あ、……は、あ、あ……」

『哀れな少女よ。おまえはそこまでしても――ノワールには、愛されない』



 両手で、口の中へ押しこむようにして心臓を食べてゆく。いつか、ノワールが「可愛い」と言ってくれたリリィの愛くるしい顔に、醜い心臓の残骸がこびりついてゆく。たった一度だけでもいいからノワールに抱かれたいと願った、その華奢な体は、血と吐瀉物で汚れてゆく。



「……『そこまで』……? 馬鹿を言わないで……ノワールの苦しみは、こんなものじゃない……ノワールを救いたいなら、これくらい――……!!!!」



 嘔吐と咀嚼を繰り返し、意識は絶え絶え。そんなリリィを見つめながら、ジャバウォックは嗤っている。

 ジャバウォックにとって、ノワールがどうなろうが、ラズワードという青年がどう彼に関わろうが、どうでもよかった。ただ――主であるリリィが嘆く姿を愛おしいと、そう思っていた、それだけだった。

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