糊の効いた白いシャツ。高級感溢れる黒いジャケット。
奴隷にこんな服を与えるのだから、レッドフォードは金を持て余しているのだろうか。
ラズワードはそんなことを思う。目的地に近いことを感じ、首元のリボンタイをきゅ、と締める。
「おやー? こんなところに場違いな猫が一匹」
人気のない荒城。光も差し込まない埃っぽい空気の漂う城内に、ラズワードの風貌は確かに場違いである。磨かれた革靴で散らばるガラスの破片を踏み潰し、ラズワードは悪魔を見上げた。
目的の獲物の悪魔。この荒城に住み着き、迷い込んだ人間を喰らうのだという。
かっちりとした英国紳士風の服を着た悪魔。見たところ歳はラズワードと大して変わらない。今にもちぎれそうな鎖で天井に繋がれたシャンデリアに座った彼は、ラズワードを見て嗤う。
「あんたはハンター? 制服着ていないみたいだけど」
「……違う。でも、そんなものだ」
「へえ、まあよくわからないけど、俺を殺しに来たわけだ」
クスクスと悪魔が笑う。ラズワードはそれを無表情に見上げた。
さっさとコレを殺して帰らなければ。こんな悪魔に油を売っている時間なんてない。
「ねえ、ちょっとさ、そこのソファの後ろ見てみてよ」
「……は?」
「いいから。別に罠なんてないよ。見て欲しいものがあるだけ」
にこにこと悪魔が笑う。ラズワードが睨んでも、彼は気にする様子はない。
見たところそのソファは大して大きなものではなかった。罠など隠すスペースもなさそうである。このまま黙って立っていても状況が動かなそうだったため、ラズワードは仕方なくソファへ近づいた。
「……っ!」
それを見た瞬間、思わずラズワードは息を飲んだ。驚いたラズワードを見て、悪魔は楽しそうに笑っている。
「あはは、すっごい面白いでしょ! それ!」
「……これ、は」
「はい、本日キミは二人目です! 俺を殺しにきた天使様は!」
ソファの後ろに無造作に置かれていたのは、天使の死体であった。手に何かしらで縛られたと思われる鬱血痕が残っており、服は着ていない裸の女の天使である。赤く染まった羽が散らばり、頬には涙のあとが残っているのに強烈な印象を受ける。
「んー、いいよねぇ。俺を殺すつもりでやってきた強気なハンターちゃんを組み伏せて無理やり犯すの。すっごい興奮する」
ひょい、と悪魔はシャンデリアから飛び降りた。そしてゆっくりとラズワードに歩み寄る。
「なんかあっさりそいつ死んじゃってさ。まだ俺溜まっているんだよね。相手してよ、キミ。なんかすっごい綺麗なお顔しているけどさ、その顔、めちゃくちゃにしてやりたい」
「……」
悪魔はそのままラズワードの目の前まで詰め寄った。ニヤリと嗤い、赤い舌で唇を舐める。
「そのさ、きっちりとしたシャツをひん剥いてさ、屈辱に濡れた目で睨みつける君を押さえ付けて、犯すんだよ」
「……離れろ、悪魔」
「そんでもってさ、『許してください』って言っても突っ込み続けんの。そのうち君はアンアンみっともなく喘ぐことしかできなくなって、ヨダレ垂らしながら美味しそうに俺のモノくわえ込むんだよ」
「聞こえなかったか、離れろ!」
ビ、と剣を抜いてラズワードは悪魔の首に突きつけた。そうすれば、悪魔は嬉しそうに手を叩く。
「うん、パーフェクト! その気位高そうなところ、非常にイイです!」
ぴょん、と悪魔は飛ぶと一瞬でラズワードと距離を取った。睨みつけるラズワードのことなど気にしていないように、ケタケタと笑い続けている。
「体位は? 何がいいかな。バックも征服感溢れていいけど、ヒンヒン泣く君の顔見れなくなるの嫌だなあ」
「――っ」
思わず剣を振るった。強力な魔力が剣先からほとばしり、そのまま悪魔へ向かっていく。大理石の床を割り、氷の刃が悪魔に襲いかかる。
「……!」
そのまま氷が悪魔を貫くかと思われたが、そうはいかなかった。激しい音と共に氷は割れ、傷一つ負っていない悪魔が立っている。
「……可愛いじゃん。君、すぐイっちゃうんだね」
「おまえ、いい加減に――……っ!?」
視界に黒が広がる。
なんだ……いや、これは――!
突如として視界に飛び込んできた黒。それは黒い服をまとった悪魔、その本人であった。数メートルは離れていたと思われる距離を、一瞬で詰めてきたのである。
ラズワードはそれに気づいた瞬間、反射で剣を振った。相手がどんな風に攻撃を仕掛けてくるのかはわからなかったが、防衛本能として、勝手に腕が動いたのである。
「……へえ、いい反応」
「……っ」
「アッチの反応もいいと嬉しいんだけど」
ギ、と鋭い音を立てて、ラズワードの剣は悪魔の攻撃を阻んでいた。見れば悪魔はその手に何かを持っている。
プロフェットとは全く異質の、黒い武器。
「もしかして始めてみる? これ」
「……?」
「君たちがプロフェットって呼んでいるのと同じ。悪魔バージョンだよ。ヴァール・ザーガーって言うんだ。カッコイイでしょ」
ラズワードは自分のもつ剣と見比べて、その武器の異質さに驚いた。白を基調とし、美しさを持つ天使の武器、プロフェット。それに比べて、この悪魔のもつ武器の禍々しさは。
おそらく、この悪魔のもつ武器はダガーの一種である。しかしその刀身はグリグリと捻れ、普通のモノとは一線を画している。黒いソレには血がこびり付き、そのおぞましさに拍車をかけていた。
「ツイスト・ダガーっていうんだ。これで刺されれば、まず死ぬね。刃の先端に穴があいているでしょう? これで体を刺すと体内に空気が流れ込む。もちろんこの捻れた刃で肉を抉るダメージもすごいけど、その空気が入り込むことによって死により近づくんだ」
美しさ、使いやすさ。それを優先してつくられる、プロフェット。対して殺傷能力を優先し、醜悪な形となっているヴァール・ザーガー。
ラズワードは目の前の、初めて見る「殺すための道具」を凝視する。
「お美しい剣を持っている天使様、はたしてこの僕に敵うのですか? うーん、無理だろうねー。その綺麗な純潔を散らして、俺に捧げてよ。見せてよ、君の可愛い姿」
「……」
「ああ、きっとイイんだろうなあ……。なんか君、すっごい高潔って感じして、本当に嗜虐心そそられるよ。俺の下で、鳴いて、揺れて、イキ狂って……たまんない。凛とした君の目が、もっともっと、って俺を映すのを想像するだけで……ヤバイね」
「……もう、黙れ」
ラズワードは合わさった刃を思い切り弾いた。おっと、などと言いながら後ずさる悪魔を、ギリ、と睨みつける。
『それが、君の本能だよ――』
頭の中で、いつかの記憶が蘇る。
だめだ、今は……!ラズワードはその記憶をかき消すべく、頭を振った。
ハルから与えられた、美しい剣、服。ラズワードはぎゅ、と胸元でシャツを握り締める。
今はいけない。今は、ハル様の……
「ねえ、君よく見たら青い目しているけど……もしかして、性奴隷? そしたらさ、えっちなこといっぱいしているんでしょ? いいじゃん、俺にも見せてよ」
「……」
「いいよ、君の記憶の中の人と俺を重ねても。どう抱かれてきたの? ドロドロに優しく? それともガツガツ穴に突っ込まれた? 君はどんな風に鳴くの? 聞きたいよ、ねえ」
「――っ」
ガン、と凄まじい音が部屋に鳴り響いた。そして続いてカラカラ、と何かが転がるような音が聞こえる。
悪魔はその音の元を見て、目を細めた。床に転がっているのは、剣。ラズワードは、自らの剣を投げ捨てたのだ。
「……どうしたの? そんな切羽詰ったような顔をして」
「おい、悪魔……名を名乗れ」
「……んん?」
ラズワードはジャケットを脱ぎ、ソファの上に投げ捨てる。そしてリボンタイを解き、首元を緩めた。
「ヤるんだろう? 名前も知らないでなんて、あんまりじゃないのか?」
「……そうだね。……俺は、メルヒオルだよ」
「そうか、メルヒオル。俺はラズワード。お前があんまり煽るから体が疼いて疼いて仕方がないんだ。……激しくいこうか」
「……」
メルヒオルは、急に様子が変わったラズワードを見て、唾を飲んだ。いや、変わったというよりは、押さえつけていたのが爆発した、といったほうが良いかもしれない。ラズワードは不敵に笑い、メルヒオルを睨んでいる。
「俺もこんなつもりなかった。俺は今日はハル様の命令でここに来ているからな。そんな途中でヤるなんて……それはいけないと思ったんだけど」
「……へえ、俺の言葉責めで感じちゃった? 理性ぶっ飛んじゃったんだ。もうびしょびしょかな?」
「そうだな、お前のを受け入れる準備はできている……いつでも突っ込んできていいぞ」
そういうとラズワードは腰から短剣を抜いて、それをメルヒオルに向けた。
「その硬くて太い……おまえの悪魔の刃で俺のところ、鳴かせてみろ」
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