「――ああ、おかえり、ノワール」
日が沈み、窓から夕日の差し込み始めた施設。午後からは非番だったノワールが自室へ戻ろうとしたところに、男が現れる。バートラムだ。ノワールの父親であり施設の裏のトップである男。
「……ただいま帰りました」
「ふ、あからさまに嫌そうな顔をする。休みの日に実の親の顔をみるのが、そんなに嫌か?」
「……そんなこと、」
ノワールはふい、とバートラムから目をそらした。
この階はノワールとルージュの自室があるだけの階。バートラムがここにいるということは、自分に用があるのだろうと思ってノワールはバートラムを無視することもできず、じっと彼の言葉を待っていた。バートラムは時々理不尽にノワールを折檻してくる。また今日もそれをされるなら、かなり堪えるなあ、とノワールはうんざりした気持ちになった。
しかし、バートラムの要件は違うものであった。
「軽く地下牢の様子をみてきてくれないか」
「……地下牢?」
「ロゼだ。そろそろ顔を出してきてやってくれ」
「……わかりました」
ロゼ――その名を聞いた瞬間、ノワールは舌打ちを打ちそうになった。しかし、バートラムの命令をはねのけるわけにもいかず。
ノワールは、「ロゼ」が収容されている地下牢へ向かう。「ロゼ」は、ノワールが最も疎う人物であった。
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