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「ずいぶんと歓迎されているみたいだな、俺」



 レッドフォード邸・応接間。そこに、ハルとレヴィはふたりきりでいた。従者も護衛も一切つけず、ふたりきりで。しかし外にはレッドフォード家の護衛の者たち。レッドフォード家とマクファーレン家は親交が深く、このような警戒体勢でマクファーレン家の当主を迎え入れるということなどないのだが……今回に限っては違った。あからさまにレッドフォード家に敵意を向けているレヴィがアポをとることもなく突然来訪し、ハルとふたりきりで話したいと要求したのだ。レッドフォード家としては断るわけにもいかないが、ハルの身も心配である。有事のときのために大勢の護衛を控えたうえでの対顔となった。



「……えっと、今日、うちのラズワードがそちらに行ったと思うけど……」

「ああ、来たな」

「なんで俺に会いに? そのことと関係あるの?」

「……うん、どうだろう。微妙なところ」



 ハルは完全に萎縮してしまっていた。レグルスで敗北した相手というのもあるが、なぜ自分が彼とこうして話すことになっているのかわからなかったのだ。いつも、マクファーレン家との話し合い、というときには父かエリスがでている。次男である自分がこうしてレヴィとふたりきりで話すことになってしまって、緊張していた。

 しかし、うって変わってレヴィはソファの背もたれに手をかけて、足まで組んで、完全にリラックスしている様子。むしろハルを威圧するかのような、そんな雰囲気を醸し出している。



「この前俺がおまえに言ったこと、覚えてる?」

「……レグルスのときの、」

「そうだ 一緒に神族討とうってやつ」

「……」



 レヴィの言葉を聞いて、ハルは自分がこんな状況に置かれてしまっている理由に気づく。レヴィはハルにレッドフォードの人間としてでなく、ハル個人として会いに来たのだ。

 ハルはレヴィの言葉を聞いて黙りこむ。もちろん、レヴィの言っていることの意味はわかっているし、そのことについて考えたこともある。レヴィの言っていることはレッドフォード家の人間として絶対にやってはならないこと。しかしすぐに「NO」と言えないのは、レヴィの誘いに惹かれてしまっているから。

 ハルも、神族のことは良く思っていないのだ。特に、ノワールのことを。初めてラズワードに会った日――奴隷市場で、ラズワードを紹介された日。ノワールの態度に苛立ちを覚えた。ラズワードのことを商品としてしか思っていないような、あの態度に苛々した。それなのに――ラズワードはノワールの影を追っている。ノワールのことを大切に思ってる、そう見える。一体施設で何をしたらラズワードがそんな風になってしまうのか、考えたくもなかったが。散々水の天使たちに酷いことをして、それなのにラズワードの心を縛り付けているという勝手があまりにも許せなかった。

 ラズワード本位の考えである。元々ハルは、神族が非差別族にどんな卑劣なことをしていようが興味がなかったし、自分がそんな現実を変えようなんて微塵も思っていなかった。しかし、ラズワードを愛するようになってから、神族のそんな行いが許せないと思うようになっていた。それにノワールのことを見ているラズワードも、ノワールのことを考えているだろうときは辛そうな顔をしている。彼からノワールを遠ざけたかった。そこには嫉妬という、幼い想いもたしかにあったのだが。



「……なんで、俺を誘うの。実際に戦ったからわかっていると思うけど、俺はそんなに戦闘は得意じゃない。戦力にはならないと思うけど」

「ばかいえ。俺の目算にはなるがおまえはそこいらの神族なら一掃できるくらいの力はあるぞ」

「……神族のトップには届かない」

「――ルージュとノワールのこと?」



 だから、ハルは引くようで、引かない。レヴィの誘いを遠ざけるような顔をしながら、自分がレヴィの仲間となるうえでの不安要素を潰していくように、彼に問いかけてゆく。



「ルージュのことは心配するな。彼女は今、ジャバウォックと契約したばかりで不安定な時期だ。ジャバウォックを上手く扱うことも難しいだろうし、何より彼女は魔物を召喚するだけの召喚魔術以外は使えないからな。ハンターの俺たちにとってはそう恐れるものでもない」

「……召喚魔術以外は使えない?」

「彼女の魔力、純正じゃないんだよね。彼女自身の心臓から作られているものではない。外部から取り込んだ魔力だ。外部から取り込んだ魔力を自在に操る技術を彼女は持っていないから、ぎりぎり召喚魔術だけが使えるってわけさ」

「……へえ、」

「恐れるべきはむしろナンバー3にあたるアベルのほうだろうなあ……彼はかなりの強敵だ」



 レヴィは淡々と語っている。彼の中に、ルージュへの勝機はすでにあるのだろう。決して無謀な計画ではないのか……と思いながらもハルは、一番ひっかかっていることを聞いてみる。



「でも、問題はノワールだ。あれは……」

「あれは、俺達には無理。何があっても勝てない」

「……」



 ノワールについて。ハルももちろん、ノワールの強さは知っている。ただのハンターがどんなに計画を練ったところで絶対的な強さをもつノワールには歯がたたないとわかっている。だから、負け戦になるようなこの計画にはすぐには乗れなかった。

 しかし……レヴィは自信に満ちた表情を崩さない。ふふん、と笑って仰々しく片手を広げながら、話す。



「知ってるか? ノワールには、弟子がいる」

「……弟子?」

「たった一人、戦いの全てを叩き込んだ弟子だ。彼の魔力量はノワールと肩を並べる。戦闘に関してはノワールの教えを受けている。こいつが仲間にいれば決してノワールと戦うことは無謀じゃないと思うんだよなあ」

「それって……」



 デジャブを感じる、レヴィの話。その特徴に当てはまる人物を、ハルは一人だけ知っている。

 レヴィがちらりと視線をあげて、ほくそ笑む。そのとき――部屋の外が騒がしくなった。やがて声は近づいてきて――扉が勢い良く開かれる。



「――レヴィ様! ハル様に何を……!」



 現れたのは、ラズワード。焦った様子の彼は、レヴィの向かいに座っているハルを見るなり顔を青ざめさせた。

 レヴィはそんなラズワードを見てにたりとしたり顔で笑う。すっと懐から彼のプロフェットである鉄扇・風姫を取り出すと――それをラズワードに向けた。



「安心しろ、ハル。俺たちには最強の戦力。ラズワードがついてるぜ」



「え――?」



 ハルは振り返り、部屋に飛び込んできたラズワードを見つめる。息を切らしているラズワードは、たった今の会話の内容などわかっていないようで、ぽかんと二人を見つめている。ハルはそんなラズワードとレヴィを交互に見て、そして段々と状況がわかってきたようで驚いたように声を荒げだした。



「待っ――ラズはすでにその革命への参加が決定してるってこと!?」

「そう、しかもリーダーとしてだ」

「リーダー!?」

「まあ計画を練るのは俺だけど。対ノワールのときに先陣きってもらうのはラズワード。ノワールに対抗できるのはラズワードくらいだからなあ」



 ラズワードは強い、だからノワールと戦うなららラズワードが必要だ――それは、ハルにも理解できた。しかし、頭が混乱してしまって「そうなんだ」なんて軽くは言えない。がたんと立ち上がって、ラズワードのもとへつかつかと歩いて行って、勢い良く肩を掴んで問いただす。



「レヴィの言っていることは本当? 俺、何も聞いてないんだけど!?」

「す、すみません……今日、帰ったら言おうと思って……」

「いや、それはわかったけど……ラズ、あのね、わかってると思うけどこの戦いに参加するっていうことは……」

「……はい、」



 ラズワードは申し訳無さそうにうなだれる。

 この戦いに参加するということは、神族に歯向かうということ。レッドフォード家の従者でありながら、そのようなことは許されない。革命に参加するためにラズワードに必要となるのは――ハルの従者という役割の解消。レッドフォード家との繋がりを完全に絶たなければいけないのだ。

 勝手に、そんなことを決められたのではハルの心も穏やかではいられない。愛するラズワードの決定であっても、それはすぐに受け入れることはできなかった。ハルが黙りこんでいれば、ラズワードはゆっくりと膝をつき、そして、頭を下げる。ハルが驚いていれば、やがてラズワードは絞りだすような声で、ハルに訴えた。



「本当に――申し訳ございません。ハル様のことをお慕いしている気持ちは変わりません。でも……どうしても、神族を討ちたい。この手で、ノワールを討ちたいのです」



 震えながら、瞳にわずかに涙を浮かべながら、ラズワードは言った。

 自分が革命に参加するということの意味を、彼はしっかりわかっている――わかって上で、この決断をした。それを、ハルはちゃんと汲み取ることができた。だから、彼を止めようという気にはなれない。しかし、ひとつだけひっかかることがあった。



「……なんで、ノワールのことを討ちたいの」

「……っ、それは、」



――なぜ、ラズワードがそこまでしてノワールを討ちたいのか。

 神族がいわゆる暴君であることは、周知の事実。しかし、レッドフォード家の従者となったラズワードは、その影響を今後受けることはない。他の人間が神族に苦しめられているからといって自らの立場を捨ててそのトップを叩こうだなんて行動にでるほど、ラズワードに強い正義感があるとも思えない。それなら、違う理由がある――そう、ハルは思った。

 ラズワードはこれまで、ノワールに対して強い執着を持っていた。今回の決断は、そのノワールに対しての何らかの想いが関係しているのは間違いない。それを知らないことには、ハルも納得できなかった。――そろそろ、その想いをはっきりしてほしかった。



「……自分でもわかってないんじゃない? ラズ」

「……、」



 ラズワードが目を泳がせたのをみて、ハルはため息をつく。何かを隠しているという目ではない、戸惑っている目だ。それは責めても仕方ないな、と思いつつ――ハルも、ある決断をする。



「――レヴィ」

「おお?」

「……この革命に、俺は必要なの?」

「必要だ。ラズワードにノワールを倒すだけの魔力を温存してもらうために、他の奴だけで邪魔な神族をやらないといけない。その神族との戦闘に耐え得るのは、俺と……それからおまえくらい。ハル、おまえがいなければ今以上に厳しい戦いになるんだ。俺はおまえに革命に入ってもらいたい」



 レヴィの言葉を聞いて、ハルは再びため息。仕方ない、といった風だ。しかし、レヴィの言葉に頷く様子はない。頭を垂れるラズワードのあごをくいっと持ち上げ、じっと見下ろすと、言った。



「ラズ、俺の返事は君次第にするよ」

「えっ……」

「俺は別にレッドフォード家に対して執着はないから、レッドフォードとの縁をきっても構わない。ラズのためにレッドフォードから出て行ってもいい」

「ハルさ、」

「――ただし、俺がOKを出すのは、ラズがノワールを討ちたい理由をしっかりと説明してくれたら。ノワールのことをどう思っているのか、俺に教えてくれたら。それからだ」

「……ッ、」



 ラズワードが息を呑む。

 ハルの言っていることは、ごもっともだ。なぜ革命に参加したいのか、その理由を説明するのは義務であってあたりまえのこと。それがラズワードは欠けていたのだから、こう言われるのは当然だ。しかし、それがラズワードにとっては非常に難しいことだった。自分でも理解できない、ノワールへの感情。知ってしまえば全てが終わる、そんなノワールへの想いをハルに言わなければいけない。すぐには言葉にできなくてラズワードが固まっていれば、ハルがレヴィを顧みる。



「そういうわけだから、今日の今日で返事はできない。でも、ラズが俺に本当のことを言ってくれたなら、それがどんな理由でも革命に協力する。このままレッドフォード家の次男としてだらだら過ごしていてもつまらないから。どうせならラズのためにがんばってみるよ」

「……オッケー。今日のところは引き取りましょう」



 レヴィは全てを見透かしたように、笑う。
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