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 ―――――


 ――


 ―……




「……やめ……ぁ、ああっ……」


 冷たい牢獄のなかで響くのは、醜い肉欲の音。もう、何度絶頂に上り詰めたのかわからない。意識を飛ばしそうになっても水をかけられて、無理やり起こされ、そしてまた犯される。


「やめ、……!! う、……」

「かわいくないねぇ……素直になれよ、ほら、こんなに感じているんだからよ!」

「あっ……あ、ああ、あ」


 腕で体を支えることすらできなくなっていく。上半身は崩れ落ち、持ち上げられた臀部を調教師にみっともなく突き出す。突かれる度に、純情にも体は揺さぶれる。

 ラズワードはガツンガツンと身体を突き上げられながら、乱れた髪の隙間からぎろりと牢獄の入り口をにらみつける。

 調教師は「死ね、クソ野郎」と思っている。しかしそれよりも。


「……はあっ、あ、お、まえ……なんの、つもりだ……!」

「……」

「……おい、聞いているのかよ!! ノワール!!」


 巨漢の男に激しく犯されながら、ラズワードは叫んだ。仮面をかぶった黒いローブを来た男、ラズワードをここへ連れ込んだ張本人。彼は犯されるラズワードのことなど眼中にないとでも言うかのように、部屋の片隅の椅子に座り、なにやら書類を見ている。


「……ああ、どうした、ラズワード。悪い、聞いていなかったよ」

「……ぁ、……っざけん、な!!」


 ノワールは手に持っていたペンを置き、ようやくラズワードに目を向ける。仮面に隠れた顔からは、表情は伺えない。

 日中は剣奴としての戦闘の訓練。そのときは、ノワールはラズワードに付きっきりで様々なことを教え込んでいる。

 しかし、夜の性奴隷としての調教。それはノワールは関わろうとはしない。どうやら彼は調教師ではないらしい。牢に調教師が来て、彼らがラズワードに調教をするのだ。その時はなぜかノワールは牢を去らず、端の方で関係のなさそうな作業をしている。


「おまえは……! そこで、なにしてるって、……あ、聞いているんだよ!」

「ああ、これ? これは明日ここにくる奴隷の資料だね。整理しないといけないんだ」

「だったらなんでここにいる!」

「別に難しい理由じゃないよ。きみは稀少な存在だ。もし調教師が誤って壊してしまったら困る。見張りを兼ねてここにいるんだよ。まあ、ただ見ているだけじゃあ時間がもったいないからこうして仕事をさせてもらっているけど」

「……っ」


 ノワールは犯され続けるラズワードを見ながら、淡々とそんなことを言った。屈辱と快楽で濡れた瞳でラズワードが睨みつけると、ノワールが笑う。


「……あんまり俺のことは気にしないで。それより|彼《・》に集中したらどう? せっかく彼、きみのこと調教してあげているんだからさ」

「……誰が……!! っは……あぁっ……」

「……うーん、そうか。……ちょっとワイマン、どけてもらえる?」


 ノワールがそう言えば、ワイマンと呼ばれた調教師は少し残念そうにどける。ノワールは小さくため息をつくと、少しバラけた紙束を軽く整え、立ち上がった。

 そして、ぐったりと動けないでいるラズワードの前にたつ。ラズワードが虚ろに見上げると、ノワールはしゃがみこみ、ラズワードの顎を掴んで無理やり上を向かせる。


「ラズワード」

「……っ」


 ラズワードはノワールの声に震えた。先ほどまでラズワードに受け答えしていたときの声とは全く違う。体の芯まで凍りつくような、冷たい声だった。


「そんなに、俺に調教して欲しいか」

「――っ」


 ノワールの言葉と共に、一瞬体に電流のようなものがはしる。抵抗の言葉がすべて脳から消え失せる。頭が真っ白になって、ただ、ノワールを見上げることしかできない。


「……ワイマン。悪いけど、今日はここまででいいよ。……お疲れ様。またお願いするから」


 ノワールがラズワードを見下ろしたままそう言うと、ワイマンは返事をして牢を去っていった。

 牢の中には、ラズワードの呼吸音だけが響く。


「俺もそろそろ思っていたんだ。ただ体を快楽に慣らす段階は終わりでもいいとね」

「……」

「次の段階だ。命令に絶対服従の体になってもらう」


 そう言うと、ノワールは仮面を外した。その素顔が顕になり、思わずラズワードは目を逸らす。

 まともにその顔を見たら、たぶん、彼に逆らえない。


「……目を見ろ。ラズワード」

「……」


 氷のような声に貫かれ、勝手に体が動く。ラズワードは言われた通りに、ノワールの瞳を見た。


「……っ」


 ノワールの素顔を見るのは初めてではない。戦闘訓練の際には、彼は仮面もローブもつけずにラズワードの相手をしていたからだ。

 初めて彼の顔をみたときは少し驚いた。

 悪名を轟かせる施設のトップだというのだからどんな強面がその仮面の下からでてくるのかと思えば、彼の素顔は「綺麗」という表現が当てはまるような、整った顔立ちの青年だったのだ。肌の色は白く、身体の線は細く、どことなく弱々しい印象を受ける彼の容姿。しかし、その瞳だけがまるで闇を孕んだように深く黒く、強力な引力をもっていて彼全体から悍ましい雰囲気を醸し出している。

 ラズワードは彼の顔が苦手だった。彼の顔をみると、身体の力が入らなくなってしまう。逆らえない。抵抗の意思すらも、湧いてこないのだ。


「これから俺が質問したことには正直に答えろ。いいな」

「……」

「ラズワード。今のおまえの体の状態を言ってみろ」

「……な」


 ノワールの問に、ラズワードはハと目を見開く。今の状態とは、言うまでもなく、ワイマンに犯され快楽がまだとどまっている状態のことだ。それを言えだなんて、それはラズワードにとって恥辱以外の何物でもない。
 

「……なんとも、ない……」


 視界はぼやけ、熱はあがり、快楽の余韻が体を支配している。明らかに普通の状態ではないが、そんなこと、口にできるわけがない。ラズワードは声を搾り出し、ズクズクと疼く熱に耐え、ノワールを睨みつける


「……へえ、なんともない、ね」


 体中の疼きを抑えつけるラズワードをあざ笑うかのように、ノワールは口元だけで笑う。その表情に、ゾクゾクとわけのわからない感覚が体を駆け巡ったのをラズワードは感じた。

 ノワールは一瞬目を細めると、立ち上がりラズワードの後ろに回る。何をされるのかとラズワードが振り向けば、体を引っ張られ、後ろから抱きしめられた。


「おまえの基準がおかしいのか、俺の基準がおかしいのか……どっちでもいいけど」

「――っあ……」


 す、とノワールの細い指がラズワードの上半身を撫ぜる。ゆっくりと、触れるか触れないかの微妙な触り方。彼が触れたところから、また熱くなっていく。指が動くたびに、ラズワードの体ははしたなく揺れた。


「肌に触れられただけでこんなになる状態は……なんでもない、とは言わないと思うんだけど。俺が間違っている?」

「あ……は、ぁあ……」


 鎖骨をなぞられ、ひく、と肩をすくめる。そうすれば、耳たぶを軽く噛まれ、逃げ場などないのだと、そんなことを思い始めてしまう。


「もう一度言う……正直に、答えるんだ。……今のきみの体は、どうなっている?」
 
「んっ……!」


 耳元で囁かれた声に、一瞬視界が白くスパークしたような気がした。甘いようで、冷たい声。聴覚から犯される感覚に、体は反応してしまう。

 ワイマンに犯されていたときの非ではない。耳元でささやかれただけなのに、身体の奥がズキンズキンと痛いくらいに熱くなる。

 優しく首筋を撫でられ、その暖かさが体に染み渡る。ギリギリで保っていた理性とプライドが、その温もりに溶かされそうだ。

 体の力が抜けていく。くたりとノワールに身を委ねると、体を抱く彼の腕に僅か力が篭ったのを感じて、さらにその心地よさに体を預けてしまう。

 
――すべて、彼に支配されている。

――快楽も、理性も、何もかも。


「……は、」


 ラズワードの視界が、くらくらと白み始める。


「……っ」

「!」


 しかし、すべてを彼に捧げようと、恐ろしい考えが頭に浮かんだその時、何かが頭を掠める。

 血の色。悲鳴。闇を纏う姿。

 世界の闇の頂点に立つ、この男の残像。そうだ、この男は邪悪な人だ。レイの謀殺に関わり、グラエムを虐げ、たくさんの人々を苦しめてきた。

 こんなやつに、従おうだなんて思ってはいけない。こんな快楽なんかに、飲まれてはいけない……!
 
 唇を噛み、痛みで快楽を逃がそうと試みる。流れた血を見て、ノワールが微かに反応した。


「放せ……!」

「……」

「放せ! おまえの言うことなんかに従うか……!!」


 ラズワードは力の入らない体でノワールから逃げようとした。しかし、当たり前だがそれは許されなかった。ノワールは腕でラズワードの上半身をしっかりと固定し、逃がすつもりはないようであった。


「……そんなに、抵抗することないだろう」

「――ひっ」


 ノワールの冷たい声が耳を犯すと同時に強烈な刺激が、体を貫いた。乳首をきゅ、と摘まれている。散々ワイマンにイカされ、全身性感帯の状態だ。肌を撫でられただけでも感じてしまっていたのに、元から敏感な部分を刺激されたのでは。


「俺は何も難しいことは聞いていない。ただおまえは、客観的に自分の体の状態を俺に報告してくれればいいんだ」

「あっ、あ、ああっ!!」

「なぜ、それができない? この質問はそんなにおまえにとって答えづらいものなのか?」

「やめ、あ、あ、あ、あ!!」


 チカチカと視界に火花が散る。くりくりと刺激を与えられ、淫らに体が反応する。体がしなり背をそらせば、腕で押さえつけられて、それは許されない。快楽から逃げることもできずに、断続的に官能に体が襲われる。


「もしも羞恥を覚えているのなら、その必要はないよ。きみが何を言ったとしても、俺はきみを笑うつもりもないし、嘲るつもりもないから」

「い、う……いう、から……! は、あ、ああ! やめて、ください……あ! おね、がいします……!!」


 なんとか叫び、ラズワードはノワールへ懇願する。そうすれば、ノワールの手の動きは止まった。耳元で彼がやさしげに笑った声が聞こえた。

 責め苦から解放されたラズワードはぐったりとノワールに身を預けた。体の熱を逃がすように呼吸の激しさが増し、額にはじんわりと汗が滲む。ぼんやりと何も考えることもできずにいれば、優しく髪の毛を梳かされて、いよいよ脳が蕩けてしまう。

 この優しい手つきも、この男の調教の一環なのだろうか。こうして奴隷を堕としていくのだろうか。

 そんな風に疑うことすらできない。先ほど胸を占めたノワールへの憎悪も嫌悪も全部、どこかへいってしまった。ラズワードは彼の体温の心地よさに、心をまかせてしまう。


「……俺……」

「うん」


 消えてしまいそうなほど小さな声で言葉を発すれば、ノワールはラズワードの口元に耳を寄せてきた。ぽんぽんと軽く頭を撫でられて、気持ちいい。


「体が……熱いです……」

「うん。熱いだけ? 熱があるのとは違うんだよね」

「……どう言えばいいのか……わからない、です……刺激を受けたところが、……なんだか……」

「そう。じゃあ例えば刺激を受けたどこが変な感じがするの?」


 ノワールの問いに、ラズワードは息を飲んだ。ギリギリのところで恥ずかしいことは言わないようにしているのに、これではまるで意味がない。どこが、と具体的に聞かれては、もうはっきりと言うしかないではないか。ラズワードはノワールの視線から逃れるように彼の胸元にすがりつく。


「……さっき、あの調教師に、入れられたところ、です」

「ふうん、じゃあそこは今どうなっているの。抽象的にでいいよ、説明してごらん」

「……動いて、います……」

「どんなふうに?」

「……その……ひ、ひくひくして、います……」


 あまりの恥ずかしさに、涙がでてきた。いくらノワールが羞恥を感じる必要はないとは言っても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。


「そう。よく言えたね。ラズワード」

「……う」

「いい子だ」

「……っ」


 堕ちる……。

 堕ちる。

 きゅ、と優しく抱きしめられ、耳元でそんなことを囁かれ。理性もプライドも自分を確立している全てのものが壊れていく。


「……自分で、確かめてごらん」

「……え……」

「動いているんだろう? いつもと違う動きで。自分で触ってみるといい」


 するりと手を重ねられる。綺麗な指だ。さっきまでこの指で体を弄られていたのだと考えると、じわ、と体の中が熱くなっていく。


「あ、待っ……んっ……」


 ゆっくりと自らの後孔を触らせられる。そこはワイマンに注がれた精液が溢れていて、濡れていた。ぬるりとした感触越しに、ヒクヒクと収縮する入口の感触が指に伝わってくる。


「どう? ちゃんとさっき自分で言ったみたいに動いている?」

「……はい……ひくひく、しています……」

「そうか、よかったね。じゃあきみはちゃんと時分の体のこと理解できているみたいだ、それならわかるだろう?」

「……なに、が……」

「自分の体が何を求めているのか、が」

「……!」


 ノワールが目を細める。それを見た瞬間、きゅ、と入口が狭まった。

 早くなっていく呼吸の間隔。上昇を続ける体温。

 求めるものなど、わかっている。それは、自分にとって醜いとしか思えないものだ。

 ……それでも、それを彼は否定しない。それなら、求めることは、間違ってはいない……はず。


「……ほしい、です……」

「何が?」

「ここの中に、欲しいんです……いれたいんです……」

「そう」


 こんなの、自分じゃない。自らこんな浅ましいことを望むなんて、ありえない。

 そうして今の自分を否定すればするほどに、ひくひくと後孔が反応する。敵であった人に支配されるというマゾヒスティックな快楽。自分の信念に背く背徳感。じわじわと脳を侵略していく欲望。

 ノワールが微笑んだのなら、もう、理性とプライドによる抵抗など、粉々に砕け散る。


「じゃあ、いれてごらん。見ていてあげるから」

「あ……ちょ、まって、……」


 ノワールがラズワードの片脚をグイ、と引き寄せる。そうすれば恥部は完全にさらけだされてしまった。

 男である自分がまるで女のような格好をさせられている。足を開き、体のすべてを許したような、そんな格好を。

 プライドをズタズタにされた屈辱。恥ずかしさ。ポロポロと涙が溢れてきて、余計に惨めになってくる。


「さあ」

「……っ」


 見上げれば、ノワールが見下ろしていた。目が会った瞬間、また、ゾクゾクと何かが体を駆け巡る。

――ああ、抵抗なんて、できない。

――もう、この人に支配されている。



「――は、あぁぁ……」


 気づけば、指を自らの穴へ差し込んでいた。ぶちゅ、とワイマンの精液が指に絡みついてくる。こんなに注ぎ込まれたのか、とそんなことを思えばきゅ、と穴が収縮する。


「あ……あ……」


 勝手に指が動く。くちゅくちゅといやらしい音が耳を刺激する。


「ラズワード、こっちの手は何もしなくていいの?」


 ノワールにだらりと伸ばした左手を撫でられて、またぴくりと体は揺れる。

 もっと、もっと、欲しい。頭に浮かぶ快楽の記憶。ノワールに触られたときの強烈な刺激。

 必然のように、左手は胸のあたりへ誘われる。

 
「あっあ、ぁ……!」


 乳頭を撫で、根元を軽く摘めば、全身に電流がはしる。抜き差しを繰り返す指の速度は増してゆき、いつの間にか二本に増えている。


「はぁ、ああっ、あ、あ!」

「どう? 自分の体の中。どんな感じ?」

「あ、んっ……しめ、つけ……あ! きつ、い……!!」

「そう……ほら、動きが止まっているよ。いいの、それで」


 激しい水音。淫らな指の動き。頭に響く自分の嬌声。

 屈辱。羞恥。凄惨。はしたなくみっともなく浅ましく。もはやいつかの面影などなく。ラズワードは快楽だけを求め、体を揺らす。

 奥を突きたいがために、激しく三本の指を突っ込み、掻き回し。乳首をぐりぐりとつねれば、指を飲み込んだ淫らな穴はきゅうきゅうとそれを締めつける。滑稽にかくかくと揺れる腰は、自ら被虐心を煽り脳を蕩けさせる。


「あっあっあっああああ――……!!」


 びくん、と体が海老反りになった。頭が真っ白になり、視界がチカチカと白んでゆく。


「はぁ……あ、ぁあ……」


 びくびくと細かく揺れる体を、ノワールの手が撫でる。それがとても心地よくて、ラズワードは目を閉じた。


「いいかい、快楽を求めることは罪でもなんでもないんだよ。ヒトの遺伝子に組み込まれた、本能なんだ……」

「……は、い……」

「……あんまり聞いていないね。その様子だと」

「……ごめ、んなさ、……い」


 ノワールの声が、体を包み込む。もっと聞きたくて、もっと彼を感じたくて、ラズワードはノワールに擦り寄った。そうすれば、ノワールは静かに笑ってラズワードの頭をなでる。


「ノワール……」

「ん?」

「ノワール、さ、ま……」


 意識が遠のいてゆく。ノワールのシャツを握る手に力がこもらない。

 ラズワードは、いつの間にかそのまま眠ってしまった。


「……おやすみ」


 優しい彼の声は、夢の中へ溶けていく――。
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