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 ホテルについてからというものの、ラズワードは落ち着きがなかった。

――いったい、自分はノワールのことをどう思っているのだろう。そんなことを、ずっと考えていた。

 もう生きていることが苦痛でしかないという彼を、殺してあげるという約束。その約束をノワールとできるくらいに、ノワールが縋ってくるくらいに、自分は力を持っていた。きっと、自分が約束を放棄したら、彼の願いを叶えてくれる人は、今後現れないだろう。だから、叶えてあげたい。そう思っていた。

 でも……。ノワールにとって自分の死は、なによりも愛おしいもので。自分を殺してくれるというラズワードに、擬似的な愛情を抱いていた。だから、セックスを迫ってくる。それは理解している。



「――……」



 ごろりとベッドに横になりながら、ラズワードは目をとじる。

 いくらノワールが自分に本当の愛情を抱いていないとしても、セックスをしていることには変わりない。浮気をしているというのは、紛れも無い事実。それなのに……自分は、彼に求められると拒めない。そして、求められると知りながら、約束を放棄したくないと思っている。

 どうして、ここまで自分はノワールに執着しているのか。



「……ノワール様」



――そのとき、チャイムがなる。その音をきくなり、ラズワードは勢い良く飛び起きた。ノワールがきた、ラズワードは乱れた髪を手櫛で整えながら、慌てて扉へ向かう。



「あっ……ノワール様、」

「ごめんね、こんな時間まで」

「い、いえ……」



 あけた瞬間、どきりと心臓が高なった。そこにはノワールが立っていた。彼は、私服を着ていた。ノワールの私服をほとんどみたことのなかったラズワードは、思わずまじまじとその姿を見つめてしまうが、はっとして彼を中へいれてやる。私服の系統はさわやかな感じか……なんて、どうでもいいことをもやもやと考えてしまう。



「あの……ずいぶんと、大きいんですね」



 ノワールは、大きなスーツケースを持っていた。部屋の中に入ってそれをおろすと、重かったのか手をぷらぷらと振っている。



「まあ、開けてみて」

「あ、はい」



 促され、ラズワードはそのスーツケースをあけてみる。あけた瞬間……ラズワードははっと息を飲んだ。



「……え、これ」

「全部、おまえの。好きなものを選んで明日持って行って」



 スーツケースの中にはいっていたのは、大量の武器だった。ナイフが数十本と、銃が二丁。弾丸もはいっている。



「全部、魔力投影率90%以上のものだ。これはもうおまえのものだから、好きなように使ってくれていい。返す必要もないから」

「え、え、全部俺のですか、いいんですか」



 たまらず目をきらきらと輝かせるラズワードを、ラズワードが武器を収集するのが好き、という少し変わったラズワードの趣味を知っているのかいないのか、ノワールは苦笑いしながらみつめている。ノワールはスーツケースの前に座り込み、ナイフを一本取り出して手で弄びながら、諭すように言った。



「……相変わらず、だな」

「え、なにがです」

「いや……武器見て嬉しそうにしているから。ラズワード、おまえ、自分が思っているより、すごく好戦的な性格しているんだよ」

「俺が?」

「戦い方を教えた身として、少しだけアドバイスするけど、」



 ノワールがぴし、とラズワードにナイフを向ける。



「ラズワードは自分よりも強い相手と戦う時、冷静さを欠くから気をつけたほうがいい」

「……冷静さ、」

「そう。自分の体が傷つけられて、危機に陥って……そうなるほど、おまえは興奮状態になるみたいだから。そうなるとおまえは、攻撃の精度と威力があがるかわりに思考能力が低下する。本能で戦うようになる。だから、強い相手と戦うときほど冷静さを保つように意識して。わかった?」

「は、はい」



 久々に戦い方について教えをうけるラズワードは、少し嬉しくなってしまう。自分がもっと強くなるための、アドバイス。それをしてくれる人なんて他にはいないものだから、こうして心が弾んでしまっているのだった。



「あと、これ」



 ノワールがスーツケースのなかから、小さな機械のようなものをとりだしてラズワードにみせる。武器ではないな、とラズワードがそれをじっと見つめていると、ノワールがそれを自分の耳に取り付けた。機械についているフックを耳にかけて使うらしい。



「これを、明日から、こんなふうにずっとつけていて欲しいんだ」

「……それは?」

「これをつけているもの同士の心を読む機械。離れていても連携をとれるようにするものだから」

「心を? 心のなかがずっと聞こえていたら鬱陶しくないですか?」

「覗きたいと思った相手に意識をむけるようにする。そうすると、そのときだけ、その相手だけの心のなかを覗けるようになる。一緒に戦う仲間とかにつかうんだ。おまえが思っているほど雑念とかは入ってこないから、大丈夫」



 また随分と便利なものがあるのだと、ラズワードは感心したようにため息をついた。へえー、なんて言っているラズワードに、ノワールが手を差し出してくる。きょとん、とラズワードがしていれば、ノワールが笑った。



「まあ、渡すものっていうのは以上。明日からはよろしく」

「……はい。よろしくお願いします」



 ラズワードも手を差し出し、ノワールの手を握り返した。

 妙に、からっとした笑顔を向けてきたのが、傷ついた。本当に約束をなかったことにする気なんだ、と思ったのだ。

 立ち上がり、部屋を出ていこうとしたノワールに、なんと声をかけようか迷う。衝動のままに掴みかかって、ベッドに押し倒してやりたいなんて考えがよぎったが、それはだめだ、と自分に言い聞かせた。悶々と迷っている間にも、ノワールは扉に手をかける。



「……ラズワード」

「え」



 何かを言わなくては、そう思ってラズワードが口を開いたところで、ノワールから声をかけてきた。



「……今まで、ごめんね」

「――ノワール様」



 悲しそうにノワールが言葉を発した瞬間。ラズワードはぎゅっと拳を握りしめて、彼を呼ぶ。驚いたように振り向いた彼を、ラズワードはじっと睨みつけて、言った。



「……ちゃんと任務が成功したら――もう一度、海へいきましょう」

「え、ラズワード……」

「成功祈願のようなものです。他意はないので」



 ノワールは戸惑ったように、目を見開いた。伏し目がちな瞳でラズワードを見つめ、苦しそうな表情をしている。しかしやがて、そっと頷いた。ドアノブを回し、扉をあけると、そのまま出て行く。



「……おやすみ、ラズワード」



 ラズワードはしばらくの間、ノワールが出て入った扉を見つめ、その場に立ち尽くしていた。
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