「ちょっと待ってて。荷物とってくるから」
ほとんど会話もないまま、二人は施設に到着した。まず連れて行かれたのが、何度か来たことのあるノワールの私室の前だ。これから明日、悪魔の討伐に向かうチームで会議をするため、それに使う資料等を部屋にとりに来たのだ。ラズワードは部屋の前で待たされていた。
「……」
ずっと、ノワールの言ったことについて考えていた。
たしかに自分は、ノワールに道具として扱っても構わないと言った。そしてノワールは、その通りに自分に接してくる。愛の伴わないセックスを迫ってきて、自分が満足すればそれで終わらせる。それで、間違ってはいないはずだった。ハルと恋仲になってからは、ノワールに抱かれることに罪悪感を覚えるようになってしまったのだが。
なぜ、ノワールに酷く扱われることを哀しいと、自分は思ってしまったのだろう。
『俺だけが本気なんて――』
あのとき……自分は何を考えていたのだろう。
「――ラズワード……?」
「え……」
誰かが、話しかけてきた。女の声。顔をあげればそこにいたのは――赤いローブを羽織った、仮面の人物。彼女は仮面を外すと、じろりとラズワードをみつめてきた。
「……ルージュ様」
女は、ルージュだった。以前、パーティーであったときよりもどこか冷たい表情でラズワードを見ている。ちら、とラズワードとノワールの部屋の扉を見比べて、ふうん、と納得したような声を出す。
「……お久しぶり。今回の任務を手伝ってもらえるみたいね。嬉しいわ」
「あ、いえ……よろしくお願いします」
ルージュの声は固い。前とはまるで違う彼女の雰囲気に、ラズワードは圧倒されそうになった。まるで純粋な乙女のようだった、パーティーのときとはまるで別人だ。ローブを羽織っているからだろうか。ルージュとしての顔をしているから? そう思ったが、それにしては自分に敵意を向けているような気がした。
「ノワールに送ってきてもらったのね」
「あ、はい……」
ずい、とルージュがラズワードに詰め寄った。その人形のような顔は、無表情になるととたんに威圧感が増す。大きな瞳に自分が映されると、ラズワードはひやりと体の芯が冷えるのを感じた。
「……それは、良かったわね。いいこともしたみたい」
「……え?」
「――ノワールの香水の匂い、ついてるわよ」
あ、と思った。彼女はたしか、ノワールに好意を抱いていた。それで苛立っているのか……ラズワードはそう思った。実際のところはわからない。しかし、ルージュは確実に、ラズワードに敵対心を燃やしていて、その声色には明確な棘がある。
「……貴方、きいたけど、ハル様と恋人関係にあるそうじゃない。……それで、ノワールにも手を出しているんだ? 随分と楽しんでいるみたい。羨ましい」
「……あの、ルージュ様、」
「浮気なんてやめなさい。貴方はハル様と一緒にいるべきよ。ノワールからは離れて」
「ルージュ様、俺は……」
「――貴方といるとノワールが壊れるの」
「……え」
「――おまたせ……あれ、ルージュ」
ルージュがなにか、意図のあるような言葉を吐いた瞬間、ノワールが荷物を持って部屋からでてきた。ちゃんと仮面とローブも身につけている。
「……二人で何を話していたの?」
「なんでもない。時間が迫ってる、早くいこう、ノワール」
ノワールが不思議そうにルージュにたずねていたが、ルージュは何事もないように笑ってそれをかわしてしまった。そして、じろ、とラズワードを睨むと仮面をつけてしまう。
「ラズワードも。会議する場所、こっちだから」
ノワールが義務的な声でラズワードに声をかけてくる。なんとなく居心地の悪さを感じながら、ラズワードも二人について歩き出した。
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