31


 明かりの消えた部屋のなかで、ラズワードはベッドに横たわる。すっかり身体的な疲労は抜けたはずなのに、未だぼんやりと熱にうかされている。もうここは、レッドフォード邸のなか。ハルのいる場所。それなのに、ノワールとのセックスの記憶が何度もフラッシュバックして、頭から離れない。

 なんてことをしてしまったのだろう。なぜあの時無理やりでも彼を振り払えなかったのだろう。押し寄せる後悔に、自分の不甲斐なさ、そして恐怖が湧き上がる。



「ん、」



 気づけば、ノワールに触れられたところに手が伸びていた。ハルへの罪悪感に蝕まれていながら、それでも熱を消すことができない。麻薬のような人だ。あの人は、自分を狂わせる。



「っ……ぁ、」

(ノワール様……)



 手が勝手に動く。疼く身体を慰める。あの溺れるような快楽の記憶が蘇り、それを求めるように局部に触れた。

 ハルのことが好きなのに。自分は彼だけのものでいたいのに。それなのに……

 涙がこぼれる。でも、手が止まらない。



「あっ……ん、……ッ」



 芯を持ち始めたそこを、ノワールにされたように……虐めてやる。こぼれてきた先走りで手が濡れていき、ひどく惨めな気持ちになった。

 声をこぼすことが重い罪のように感じて、片手で口を塞ぐ。しかし、下の方から快楽が這い上がってくると、物欲しさにその指を唇へ差し入れてしまう。ノワールのキスが忘れられない。指を咥えながら、ラズワードは手を止めない。



「ん、……ふ、ぅ……」



(ノワール様、ノワールさま……)



 なんなんだろう。まるで魂がノワールに繋ぎ止められているように、彼への想いから逃れることができない。あの時から……初めて自分は醜いのだと彼が吐露したときから、彼の危うさに目を離せなくなってしまった。自分の中で渦巻く彼への想いの正体がわからない。怖い。



「あっ……、ん、ぁあっ……!」



 手のひらの中で、熱を吐き出した。唇にふくんだ指を噛む。

 ぽろぽろと涙を流しながら、快楽の余韻に浸る。自分はおかしいんじゃないか……そう思う。ハルのことをたしかに好きなのに、こんなことをしている。……ただノワールとのセックスが良かったから、そんな理由ならいくらマシだったか。ここまでノワールのことが頭から離れないのは、もっと違う何かが理由にあるのだと思う。

 それがわからないから……ラズワードは自分が狂ってゆくような、そんな恐怖を覚えたのだった。



「……ハルさま」



 ハルの側にずっといたい。ラズワードにとってそれが、何よりの幸せだった。もしもこの、ノワールへの想いに呑まれていって、全てをノワールに捧げるのであれば。その幸せは、捨てなければいけないだろう。



「……ハル様……好き……」



 泣きながら、ラズワードは呟いた。いつもはハルのことを想うとたまらなく幸せな気分になるのに、なぜか今は、切なくなった。
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