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「あ……」



 肩を叩かれる微弱な刺激で、ラズワードは目を覚ました。重い瞼をあけて眼球を動かすと、会ったときの服装をしたノワールと目が合う。



「雨、止んだよ」

「……」



 ラズワードはゆるゆると自分の身体に意識を移す。布団をかけられた身体は裸のままだったが、一切汚れていない。意識を失っている間にノワールが洗ってくれたのだろうか。



「水、飲む?」



 ああ、たしかに喉が渇いた。欲しい、と言おうとしたが上手く声が出せなかったため、ラズワードは頷いた。サービスで用意されていたらしきペットボトルを、ノワールが差し出してくる。ラズワードがずしりと気怠い身体を起こし、ペットボトルを見つめた。受け取る、という小さな行動をするのにも一呼吸必要なくらいに、怠い。ずるりと身体から布団が落ちて肌が曝け出されても、隠す気力もない。ラズワードがぼんやりとしていると、ノワールがラズワードの顎をつかむ。



「口あけて」



 薄く開かれたラズワードの唇に、ノワールがペットボトルの口を押し付けた。そしてゆっくりと傾ける。冷たい水が喉を通っていって気持ちいい。すうっとした清涼感を堪能するように、ラズワードは目を閉じた。唇の端から水が垂れて行って、鎖骨を濡らしたが、それも気持ちいいと思った。



「ん……」



 身体を伝う水を、ノワールが指で拭う。触れられた場所がじんわりと熱をもって、ラズワードはうっすらと目をあけた。暗い瞳と、視線が交わる。



「……ノワール様」

「……」

「ノワール、様」



 ラズワードは重い腕を、ノワールに伸ばす。そして、もたれかかるように彼に抱きついた。

 細いな、なんて思う。以前よりも痩せたような気がした。裸の身体を抱きしめ返されると、どくんと胸がざわめく。自らの唇から溢れる吐息が、妙に艶かしく感じた。



「……苦しいですか」

「……」

「……貴方は、そんなに……今、苦しいんですか?」



 びくり、とその身体が震えた。そして、ノワールは縋りつくように、ラズワードを抱く腕に力を込める。



「……苦しい」

「はい……」

「……苦しい、助けて……ラズワード」



 ああ……。ぎゅっと胸が苦しくなった。施設にいたときにラズワードを求めてきた彼は、自分という存在に嫌悪感を抱いていた。今もそれと同じ状態……いや、あのとき、遠慮がちに抱いてきた彼とはまるで違う今日の彼は……さらに、闇を深めてしまったのだろう。



「……ノワール様……大丈夫……きっと、俺が……貴方を、救います」



 激しく抱かれた身体が、熱をもっている。ぼうっとする頭、火照る肢体。快楽の余韻に酔うなかで、ずっとまえから抱いていた、彼への想いは変わらなかった。ノワールを苦しみから開放してあげたい。その気持ちは。

 ノワールがラズワードから離れて、じっと瞳を覗きこむように見つめる。どこか虚ろ気に、哀し気に。

――唇を重ねた。触れるだけのキスをした。
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