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――新しい王の誕生に、祝福を!

 本日、快晴。新しい「ノワール」の誕生を祝う戴冠式が、神族・天使総出でおこなれた。幼い少年がノワールとなるということはすでに周知の事実である。当初は反対の声も多かったが、少年の活躍をみて文句を言うものは徐々に少なくなっていった。



「……「らしい」顔をするようになったな、貴様」

「どういう意味だよ」

「良い意味でとらえなくていい」



 黒いローブを羽織って大勢の人々の中を歩く少年のそばに、グリフォンがよりそう。グリフォンと契約して約1年。グリフォンはなかなか少年を自分の主であると認めようとしなかったが、ようやく少年が自分にふさわしいと思い始めてきた。



「子供は子供らしく飛び跳ねて遊んでいればいいものを」

「僕が? ちょっと想像できない」

「……おまえはなぁ」



 あきらめたように笑うノワールを、どこか悲しげにグリフォンはみつめた。



「おまえもよく……ここまできたもんだ」

「……?」

「私がおまえと出会ったころからおまえは子供にしては達観しすぎていたが……おまえの父親がおまえにさせていることは普通じゃないぞ。ここまで耐えたことに正直私は驚いている」

「……バートラム? そうだね、バートラムには結構キツイことされたかな」

「おまえなら抵抗できただろう。圧倒的におまえのほうが力が上だ。なぜしなかった」

「……幼いころからあの人の言うことをきくようにって、そういう躾されてきていたし……それに、僕はあの人のことを信じている」

「……はあ?」



 少年は、ポケットに手を入れる。そして、中に入っていた、あるものを握りしめた。

――シルバーリング、を。

――バートラムは、決して非情な性格ではないと、ノワールは思っている。それというのも、筑紫への接し方は「妻を想う夫」そのものであり、ノワールの目からみて二人は仲睦まじい夫婦であったからだ。だから、どんなに酷い「躾」をされようが、彼のことを信じていた。

 ノワールがその名前を与えられた、約一年前。そのときにバートラムは決意したのだろう。少年が「ノワール」となる、この施設はきっと最高の権力を得る――その施設の真のトップとして、持っている情を全て捨てると。バートラムはノワールの目の前で、筑紫との婚約指輪を窓から外に投げ捨てた。ノワールはその時の彼の表情を覚えている。決意に満ちた瞳、それなのに僅か、涙で濡れていた悲しげな瞳。ノワールはその捨てられた指輪を、必死に探した。何時間もかけて探しだしたその指輪を、ずっと、大切に、今でも持っている。



「あの人は……人間だ。心を捨てることなんて、できやしない」

「……そうやって誰もかれもを信じて、絶望する羽目になるとは考えないのか」

「……そのときはその時でいいよ。はじめから誰のことも信じないで生きるのって……すごく、悲しいでしょ」



 ノワールとグリフォンが民衆の中心にたつ。何やら大袈裟な言葉がつらつらとスピーカーを通して流れているのを、ノワールは黙って聞いていた。やがて、壇上にバートラムがノワールの証である仮面を持ってあがってくる。



「浅葱――おまえは、この施設の王になるもの。王者に愛はいらない、王者はたった一人で生きるのだ」

「はい」

「浅葱……おまえが「ノワール」になるための、最後の儀式だ。感情を全て捨て、王者になる者だということを、ここで証明してもらう」

「……?」



 バートラムの言ったことに、ノワールは眉をひそめた。……聞いていない。この日のプログラムについてはすべて事前にバートラムに教えてもらったはずだ。「儀式」をやることなど、聞いていない。

 内心、密かに焦り始めたノワールの目に飛び込んできたのは――信じられない光景。

 ゆっくり、ゆっくりと壇上に何かがあがってくる。数人の男に運ばれて、荘厳な装飾を施した、磔台が。そこに誰が磔にされているのかなどと、ノワールは見ることができなくて俯いた。しかし、一人の男がノワールの前に跪き、剣を差し出してくる。震える手で受け取って、恐る恐る顔をあげたノワールは絶句した。



「――おまえの中でまだ残っている情を……ここで壊せ」

「……あの、バートラム……まさか、」

「そうだ、その剣で――筑紫を殺せ」



 磔にされていたのは――ノワールの母、そしてバートラムの妻である筑紫。ノワールは急激な目眩を覚えて、ぐらりとふらついた。慌ててグリフォンに支えられて難を逃れたものの、バートラムの言っていることが信じられず、未だ視界がぐるぐると回っている。

 バートラムは、筑紫を愛しているはず、なのになんで。バートラムの表情を伺ったノワールは、さらにわけがわからなくなってしまう。……あまりにも、悲しそうな顔をしていた。きっと、バートラムのことをあまり知らない人にはわからないくらいに、少しだけ。そんなに苦しいのに、なぜ筑紫の命を奪えなどと命じるのか。本当にそれで彼はいいのか。そこまで、この施設は彼にとって大切なものなのか。



「……いやです」

「……なんだと? ノワール、誰の命令だと思っている」

「……一番辛いのは、貴方でしょう! 拒否します、貴方の命令には従えません!」

「――やれ!」

「……ッ」



 今までで一番厳しい口調で命令をされて、ノワールの体が自然と動いてしまう。バートラムの前を横切り、磔台の前へ。一瞬グリフォンがローブを引っ張って止めようとしてきたが、それは振り払った。

 剣を握る手が震える。それでもバートラムの命令にこの体は逆らうことができない。



「……お母様?」



 ノワールの瞳が揺れた。磔にされた筑紫は、まるで死んでいるかのように、静かに目を閉じていた。しかし、ノワールの呼びかけが届くと、そっと目を開ける。



「……浅葱」

「お母様、これは……貴女の意思も伴っているんですか」

「……そう、ね」



 ノワールには、彼女の考えていることが全くわからなかった。どうして自ら死を受け入れたのか……穏やかな顔で笑っている彼女は、死を迎える人間とは思えない。



「私は、貴方がノワールになることには反対よ。絶対に、認めない」

「……」

「だから、私はこの世にいてはいけないって、あの人が言った。貴方は絶対的な王になる人だからって」



 あの人、その言葉をきくなりノワールはバートラムのほうを顧みる。彼しかいないだろう、しかしバートラムも、筑紫も、目を合わせることはなかった。



「きっと貴方は、これから先、もっともっと深い闇に飲まれていくでしょう。でも、それでも……約束するのよ」

「……お母様、」

「生きるの。どんなに苦しくても……死にたいなんて願ってはいけない。貴方は、生きるためにうまれてきたんだから」



「――ノワール、やれ」



 唇を噛み締め、震える彼女はその言葉に何を託したのか。その時のノワールにはわからなかった。なぜ、彼女がこんなにも自分に「生きること」を願ったのか。

 幼い彼には、これから先自分が自らの罪に押し潰されるなどということは予想もつかなかったのだから。



「――浅葱!」



 刃を振り下ろす瞬間、彼女は叫んだ。



「生き抜くのよ、そして貴方は……誰かを愛しなさい」

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