「おはようございます、ハルさん」
「あれ、その人……ああ、もしかして昨日言っていたハルさんの従者さん」
ラズワードが連れてこられたのは、研究所であった。中に入るとたくさんの研究用具が並んでおり、さらには凄まじい量の資料がある。ハルの後ろをついていくと、すぐさま研究員と思われる人たちが寄ってきた。彼らはラズワードのことをみるなり、興味津々と言った様子である。
「おおー……昨日あれだけ惚気ていただけはありますねぇ、すっごく美人さん」
「なんかきらきらしてる、もうちょっと近くでみてもいいですか」
「なんかいい匂いする、匂い嗅いでもいいですか!」
「……離れろ! ラズは俺のものだ、勝手に触るな!」
わらわらと寄ってきた研究員たちをハルはしっしっ、と払う。不満げにブーイングをする彼らに威嚇しながら、ハルはラズワードに向き直り言った。
「悪い、あいつら好奇心旺盛でさ」
「……はあ、それで俺は何をすれば」
「うーん、普通に俺のサポートでいいんだけど……最初はあいつに着いて行って」
「あいつ?」
ハルが指差した方を見ると、そこには人のよさそうな若い眼鏡をかけた男がいた。ラズワードと目が合うと、にこ、と笑みを向けてくる。
「どうも、はじめまして。リノです」
「はじめまして、ラズワードです」
「うん、知ってます。君のことは結構前から」
「……ハル様が話していたからですか?」
「いいえ、施設でちょっと噂になってたんですよ。あのノワールさんが付きっきりで調教に携わるなんて普通ありえないことですからね、施設の人間は一度くらいは君の名前を耳にしてるんじゃないかなぁ」
「……施設?」
ああなるほど施設で、と納得しそうになったところでラズワードは気付く。施設の人間、ということはもしやこの男は……
「ああ、ラズ、リノは神族なんだよ」
「……え、この研究所って神族もいるんですか」
「そう、この研究所は施設の直属機関。天使はもちろん神族もここにいる。俺はイヴの調査で彼らの力を借りたいから、しばらくここでお世話になっているんだ」
「そう、なんですか」
ふーん、と納得したようにリノを見たラズワードを、ハルはどこか気の進まない顔で見つめている。そわそわとした様子のハルにラズワードが疑問を覚えたところで、ハルはようやく口を開く。
「……リノ、いいか、絶対にラズに手をだすなよ」
「やだなぁ、いくらこの子が美人さんだからって誰これかまわず手をだしたりしないですよ。ハルさんちょっと心配しすぎ」
「何回おまえは研究対象に手をだしたと思っているんだ」
「手をだしただなんてそんな。僕はただ知的好奇心から色々と体を刺激しただけです」
「それを手をだしたっていうんだよ!」
「え〜。それをするななんて言われたらやる気でませんよ〜。それを楽しみに僕は研究員としてここにいるのに」
「……ラズ」
「……はい?」
「手を出されたら撃っていいからな。どうせこいつ死なないから」
「は、はあ……」
ジロリとリノをにらみつけるハルを横目に、ラズワードは研究室を見渡した。試験管に浮かぶ内臓を見つめながらにやけている人、巻物のように長い紙にひたすら計算式を書いている人、檻の中の魔獣に腕を思い切り噛みつかれながらすさまじい笑顔を顔に浮かべている人……ここにいる人たちは変人ばかりだ、そう思ってラズワードは妙に冷めた色をその瞳に浮かべる。こんな施設によくハルがずっと在籍できたな、といらない感心を覚えながら、手招きをしてきたリノにラズワードは着いていった。
_120/270