目の前にはどっしりとした壮観な建物。覚悟を決めていたものの、なかなか足は入口へ向かおうとしない。
「……いや、いかないとだよなあ……」
黒からもらった封筒を手に、ハルは溜息をつく。
ひと月前ほどの奴隷オークションの会場にて出会った黒にもらった封筒。彼によれば、特別な奴隷を買えるチケットなのだそうだが。正直、ハルは気が乗らない。
そもそも奴隷を欲しいと思わないのだ。ハルは間近で奴隷を見てきてはいるが、とてもじゃないが自分の傍におきたいとは思わない。
おぞましい調教によって、人間性を奪われた人形。瞳はあるのにぽっかりと空いた眼窩のように闇しか移さない目。見てはいけないもの、人にとって受け入れがたい人型の異型の生物。そんなものを見てしまったかのような不快感を、奴隷を見るたびに覚えてしまう。
余計な感情が自分の中に巣食うことを嫌うハルにとって、それはとにかく避けたかった。
しかし、そうも言っていられない。
ハルは現在ハンターの職についているのだが、解雇されてしまいそうになっている。家紋に泥を塗らないためにも、なんとしてでもそれは避けたい。
ハルがそんなことになりそうになっているのは、ハンターの仕事に手をつけられなくなってしまったのが原因だ。自分の代わりにハンターの仕事をやってくれる人が必要になったのである。
奴隷になるものは、力を持たないとされる水の魔力を持つものだというのだが、中には戦闘用に調教された剣奴という者がいるそうなので、ハルはそれを狙ってここ、奴隷市場まで出向いてきた。
心の中を、めんどくさいという気持ちが支配する。しかし、家のため、そう言い聞かせてハルは覚悟を決めた。
「……よし」
重い音を立てる門をあける。そして、ハルは神族の中枢地、奴隷市場へ足を踏み入れた。
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