小話03

※次♀富夫婦+3ろな三つ子
【以下参照】
母の呼び名/父の呼び名
三之助:さんちゃん/さの
作兵衛:さぁちゃん(♀)
左 門:さっちゃん/さも

***

やたらと集結してやってくる不運。単に言えばついてない日というのが、誰しもあると思うが、俺にとってまさにそれが今日だった。
歩けば棒にあたる、いや当たりまくった。朝の満員電車で痴漢に間違えられたあげく、単位ギリギリの講義に遅刻し、提出物も忘れた。気を取り直して食堂に向かえば、俺の前で食べたかったBランチがなくなり、しぶしぶ頼んだAランチを口にしようとした瞬間に、呼び出しをくらい、急いで立ち上がれば、向かってきた奴に今日初めて着た服にちょうどよく飲み物をこぼされた。
続きもあるが、もう考える事さえ疎ましい。

憂鬱のままに苛立ちを押さえつつ、どこにでもある公園で数台並ぶ自動販売機でいつものコーヒーのボタンを押す。ガタンと音をたてて落ちてきた、そいつはいつものやつではなかった。
ここまでくれば、もう感情が麻痺でもするのか、どうでもよくなってそいつを持って、近場のベンチに体を投げ出して座り、一口。

「…まっず」

求めていたものではないにしろ、商品としてどうなんだこの味は。
居心地の悪い口内でごちる。これ以上飲む気にもなれず、ベンチ下に流すと地面は染みが広がりながらまずいそれを飲み干した。空っぽになり役割を終えた缶を片手に、いつものくずかごに放ると、あと数センチというずれで淵に跳ね返されて地面にあっけなく転がった。

「あーほんと」

ついてない、と口から零れる手前。
姿勢よく携帯電話を片手に近づく女性の姿があった。そいつは、はねものにされた缶を拾い上げて、まっすぐとくずかごに落とす。そして肩と頬に携帯をはさみながら、俺の隣のベンチに鞄を置いて手帳らしきものを出しながら話を続けた。
社会人だろうその女性は、俺が知っている同級生の女子たちともバイト先のパートの人たちとも違った。身長は高くなく、スタイルが目立っていいわけでもないが、下したてのシャツのように締まった表情はキャリアウーマンというほど強い印象は受けないが、清々しくかっこいい。それは今の俺と比べると、悔しいくらいに輝いて見え、目が離せなかった。
そんな悔しさからだろうか、こういう奴がお一人様と呼ばれる独身女性になるんだ、と勝手にレッテルを張って自分を宥める。
電話が終わり、鞄にあらかた仕舞い込んだそいつと目があい、ドキリと心臓が少し乱れた。茶色というより赤みを帯びたショートボブ、正面を向くとより猫のような目が大きく、小さな鼻にへの字口。愛嬌のない顔だが、不快感はない。

「ゴミはゴミ箱にね、青年」

声もすがすがしいくらいによく風に乗り通る。

「あ、ああ」
「返事は、はい」
「…はい」

バツが悪く落とした視線。非はこちらにあることくらいは理解しているから黙って従うしかなかった。すると、青年、と明るい声で呼ばれて視線を上げると小さい何かが投げられた。反射で両手で受け取り確認すると、それは飴だった。

「それで気を取り直せ。若いんだから」

晴れ渡る青空のような笑顔だった。からっからで眩しいくらいのその笑顔は、俺に向けられていて、先ほどの大人の顔とは遠く、少しそいつを幼く見せ、俺に異性の優しさを感じさせた。
不思議と居心地の悪かった感情は薄れ、何かくつくつとくすぐったい気持ちが喉の奥まで湧き上がっていて、その勢いが音となる。

「あのさ」
「ん」

鞄を持ったそいつがきょとんとした顔で、こちらを見返した時だった。


「まんまー」

まんまるい音をした言葉が俺を言葉より先に突進してきた。といっても俺にではなく、そいつの足元に言葉どおり突っ込んできた。

「びっくりした」
「まんまーまんまー」

二、三歳くらいだろうか、もっちりとした頬の幼児が、まんまという言葉と盛大な腹の虫を鳴らしていた。あっけにとられる俺の目の前で、そいつは手慣れた様子で幼児を抱き上げる。
すると、ついとそいつが視線を上げる。その目線を追うと、また一人駆けてくる人影。それも、両手に駆けてきた幼児と同じ年頃の子を抱き、大きなトートバックまで下げている。そして近づいてきた人影は、男で、その立ち姿がどこかで見覚えがあると思った。

「ごめん、さもんが急に走りだして」
「気を付けてよ。さもんすぐ迷子になるんだから。さもんもパパの言うこと聞かなきゃ、め」
「さく、仕事はいいの」
「うん、大丈夫。ごめんね」
「じゃぁ、さもんもこの調子だし、少し早いけどご飯行こう」
「うん。あれ、さんちゃん寝かけてるよ」
「え、ちょ、起きろ。寝るな、さの。ご飯行くぞ」

男が片側の腕で、うとうとする男の子を起こそうと揺らす。そして反対側に抱かれた女の子がぺちぺちと男の子を叩く、よく見れば、女性とそっくりの顔立ちと髪色をしていた。

「じゃぁね、頑張れ青年」
「ばぁばーい」

女性の腕の男の子がこちらに大きく手を振る。母親の顔で微笑んだ女性は、こちらに一緒になって手を振ったから、俺も何となく手を振ってみる。すると、舌足らずのさよならと小さな手の数は増えて、男の腕の女の子も手を振った。寝起きの男の子は、半分まだ夢の中のようで首をゆらゆら揺らす。
おのずと合った男、いや父親のそいつは気だるそうな目をしていたが、俺をまっすぐ見つめていた。俺を記憶するかのように、瞳だけは獣の色を浮かばせて。

そして俺はその家族の背中を、なんともいえない後味の悪さで見送りながら、やっぱり今日はついてないと苦笑を浮かべた。

***

「あっ」
「三郎次、うるさい」

思った以上に声が出た自分にも驚いたが、注意する友人にわき目もふらないほどの衝撃だった。


―大学生くらいだったかな、今でも顔覚えてる。なんなら描こうか。


何気なく流れていたテレビ、片手間に見ていたくらいだったが、ある芸人もアップに声が出てしまった。

「次屋じゃん。この人アホ面白いよな」
「愛妻家だよねーこの人」


―公開処刑ってことで、以後俺の奥さんに近づけないように


「この人ほんと、奥さん大好き芸人だな。どんだけだよ、つか絵下手すぎだろ。どうした、三郎次」
「いや、なんでもない」

まさか自分が一目ぼれしかけた相手が、有名人の奥さんだなんて。
そんなことを笑い話にもならない、ただただ友人に悟られないように、俺は顔を隠し項垂れるしかなかった。


「捨てたい気持ち」


prev/next



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -