次富

「三之助、眠い」

自室に帰ってくるなり不機嫌そうに作兵衛がそう言えば三之助はなんの疑問もなしに、寝転がり片腕を差し出す。しかし、それを見て作兵衛は違う、と首を振る。そんな他人から見れば作兵衛の一方的な我儘に見えるそれも三之助は苦にする事がない。すくりと体を持ち上げると胡坐をかく。
そうすると待っていました、というように作兵衛は三之助の片側太ももの付け根当たりに頭を投げ出した後、しばらくは体を動かし寝やすい場所を探索する。

「夕飯になったら起こせばいい?」

落ち着く場所を確保して作兵衛の呼吸はゆっくりと沈んでいく。三之助は散らばった作兵衛の前髪を指先ですきながら、静かに声を落とす。半ば耳に入っているかも怪しい返事が返ってくると三之助は一層嬉しそうに作兵衛の髪を何度もすく。
日はまだあるものの、気温も下がり風もたなびきながら気まぐれに通り過ぎ、蝉の鳴き声も遠い。まばらと夏休みの為帰省し始めた長屋はいつもより静かだった。上級生の中には残って鍛錬や学習に励むものも多いが大抵の家は農家や店を営んでいる者が多く、帰省し親の手伝いをする。もちろん作兵衛も三之助もそうだった。明後日の朝には学園を立つ。
またひと月もすれば皆また学園に帰ってくるのだけれど、それでも長い休みの七日前くらいになると作兵衛は決まって三之助にあからさまにべったりな態度を示す。何時もが真逆であるが故に最初は三之助をはじめ周りの者も驚いていたものの、今では恒例行事のようにもうすぐ長い休みが始まる目安になっていた。当の作兵衛は自覚がほとんどないようで、驚いた顔を三之助がすると文句でもあるのか、と逆に機嫌を損ねてしまう。

「さーくーべぇー」
「んー」

心地よさそうに眠り前の微睡の中、三之助の呼びかけに作兵衛は気の抜けた返事を返す。声を掛けなければすぐに眠りにもってかれそうな雰囲気だったが、三之助はこの状態の作兵衛が大好きだった。

「ご飯食べたら」
「んー」
「一緒にお風呂行こう」
「んー」
「で、少し夜風にあたってから」
「んー」
「一つだけ布団ひいて」
「んー」
「一緒に寝ようね」
「ん…」

甘えたがりの作兵衛がみられるのもあと二日。
夏休みが明けたら何時もの作兵衛に戻っていて、今度は休みの寂しさを埋めるように三之助がべったりと甘えたがりになる。もちろんこの時の三之助にも自覚なんてものは一切なく、当たり前のいつも通りと思っているのだから、結局他人には手におえないほど惚れあった寂しがり屋の似た者同士の二人。そんな二人のとある真夏の出来事。

「寂しがり屋の忘れん坊」




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