次富

昔の話だと言えばそれまでなのだが、作兵衛はとにかく寂しがりやで甘えん坊さんだ。何かにつけて、俺や左門の袖はしや手を握り、急にいなくなったのかと思えば、泣きながら再会をはたす。
繰り返し繰り返し、上級生に上がろうかという歳になればさすがにもう泣かない。それでも最初が肝心というように、俺の中からそんな作兵衛の姿は消えやしない。

たどりついた部屋でこつこつと物音ががして覗けば、そこに作兵衛の姿。今日も今日とて用具の仕事を持ち帰ったらしく、開きっ放しの書物をちらちら眺めながら器用に手を動かす。そしてこちらを見ることなく、おかえりと言葉だけ俺に転がした。それを丁寧に拾い上げて返事を返すが、もちろんこちらを向くこともない。
しばらくその規則的な音を聞きながら、背中を眺めていた。無機質なものと向き合っても楽しいこともないだろうと思う。だけど、それを数えきれないほど遮ってきたからこそ知る鉄拳には当の昔に飽き飽きしている。同時に邪魔にならない程度なら怒られない事も知っている俺がそろりそろりとその距離を短くしてたどり着いたのは、作兵衛の背中。ぴとりと頬を当てて、寝転がれば心ばかりの人の体温が伝わってくる。
本人もそう気にする様子もなく作業が続く。うとりと夢現に彷徨いながら、あの寂しがり屋の作兵衛も少しは成長したんだな、とどこからものを言っているつもりか解らない思考が揺れて、重い瞼を閉じろというように視界を遮られたのも同時だった。

ほのかに鼻にやってきた木の匂いのする手のひらには、少しの肉刺が浮き上がるまだまだ柔らかい手のひら。
忘れもしない、俺たちが三年生が終わり春の訪れ待つ季節の事だった。

「甘えん坊」

甘えん坊だった君は僕を甘やかす事もとても得意だったよね。




はなさんに捧げよう^^


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