マスターの音頭で歓迎会はお開きとなり、私は早速、今日からお世話になる常葉さんの家へ向かうことになった。
「早いな、もう日が落ちている。この時間は足元が見辛いから、気を付けてくれ」
「はい」
黄昏―――……誰そ彼。その名の通り、近くにいる常葉さんの顔すら朧に見える時間帯だ。
歩いているのは平らなアスファルトではなく、所々に段差や溝がある石畳。見た目には綺麗だが、悪い視界と不慣れさ故に、気を抜くとうっかり躓きそうになってしまう。
足元を注視しつつ、前を行く常葉さんから遅れないよう足早に歩いていると、不意に彼の歩調が緩んだ。
「すまない。少し速かったな」
「あ、いいえ、大丈夫です!……でも、ありがとうございます」
散歩のようなペースになったので足元だけでなく周りを見る余裕の出来た私は、所々にある街頭が照らし出す夢の世界の風景を眺め始めた。
昼間見た時と同様、やはり全体的にサーカスを思わせるファンタジックな雰囲気だ。
街中には様々な色が使われていて、可愛らしく面白い造形の建物が多い。
まだ何がどこにあるのかさっぱり分からないが、これからあちこち探検して徐々に行動範囲を広げていきたい。
きっと楽しいところが沢山あるのだろうと思うと、早くも気持ちが高揚してくる。
「物珍しいか?」
「あ、はい!どこが何なのかよく分からないですけど、見てるだけでも面白いです」
「……この世界は珍妙なものが多いからな。今度時間が空いたら軽く案内でもしよう。無論、私でよければだが」
「えっ……?!いいんですか!ありがたいです!」
彼はこの世界の住人というだけでなく、マスターが私を預ける先として候補に挙げた人物だ。一般常識だけでなく、知る人ぞ知る名店などの情報も沢山持っていそう。
そんな彼に案内してもらえると聞いて一層夢の世界探索が楽しみになり、私の足取りは軽さを増すのだった。
要さんのお店を出て、薄暗い道を進むこと10分程。
途中、短い階段を下りた辺りから道が細くなり、車一台がやっと通れるくらいの幅になった。石畳の隙間には苔のような植物が生えており、近くに水路か川でもあるのか水音が聞こえる。
そして、これまで通ったところと打って変わり、和風な街並みが姿を現した。
「うわぁ……!」
中々見かけることのない風景に思わず声が漏れる。
垣根に立派な門柱、生垣の奥に見える、縁側のある平屋。まるで数十年前にタイムスリップしたような通りだ。
「……どうした?ここは特に珍妙ではないだろう?」
「ち、珍妙ではないですけど。こういうお家がずらっと並んでると凄いなぁ、って」
「そういうもの、だろうか」
見慣れているのか、常葉さんは私の言葉にピンとこない様子だ。
3か月少々暮らすのだから、私もその内この景色が見慣れたものになるのかもしれない。
「ああ、あれが私の家だ」
「えっ!!! あの大きいところですか?!」
間もなくして、常葉さんが前方に見える一際大きい日本家屋を指差す。
マスターが“広い”と言っていたのにも納得だ。
「ああ。先代の持家を引き継いだ」
「先代?」
「私の前の自警団長だ」
高いポストにいると家もそれなりのものになるのか……と思いつつ、常葉さんに続いて門をくぐった。