放り投げたと表現してもいいほどに勢いよく離された腕。
――一体、何が起こったのだろう。
ひたすら混乱する私と、口をパクパクとさせるだけで声らしき声を出さない樹さん。
誰が見たって、異様な光景だ。
「い、樹さん?」
呼び掛けにハッとこちらを見た樹さんは、すぐさま回れ右をする。
「その辺座ってろっ……!!!」
「分かり、ました」
突然豹変した態度に呆然としながら、樹さんがキッチンへと足を進めるのをただ見送った。
「…………」
目の前で起こった出来事が受け入れられないまま視線だけ向けた先は、いわゆるカウンターキッチンというのだろうか。
リビングからでも中の様子が窺えるようなキッチンだった。
慣れた手つきで冷蔵庫を開けたりコップを出したりする樹さん。
その姿を見る限りでは、先程の片鱗は1ミリたりとも感じられない。
(見間違い、っていうことにしておこう……)
多分、この件に関してはあまり深く考えないほうがいい気がする。
自分を納得させるように小さく頷いた私は、キッチンから視線を外して、私が横たわったら少しはみ出るかどうかというくらいの二人掛けソファへと腰を下ろした。
それから間もなくリビングに戻ってきた樹さん。
「……飲めるか?」
先程より若干離れた距離から差し出されたのは、橙色の液体で満ちたコップだった。
零さないようにそっと受け取って、両手に収まるそれをじっと見つめる。
あえて「飲めるか?」と確認されたということは、もしかして夢の世界限定の変わった飲み物だったりするのだろうか。
特別好き嫌いは無いけれど、少し不安もあるというか。
(さっきの要さんのお料理は美味しかったし、大丈夫だよね……?)
若干の緊張と共に、香りを確かめる。
「オレンジジュース……ですか?」
鼻腔をくすぐったのは、いわゆる柑橘系の香りだった。
「ああ」
こくりと頷きながら返された言葉に、ほっと安堵の息を零す。
夢の世界といっても、基本的に食べ物は一緒のようだ。
あえてジュースが出てきたことに子ども扱いされているのかなと思わないわけではなかったが、きっと気を遣ってくれたんだろう。
「好きだから大丈夫です。わざわざ聞いてくださって有難うございます」
「……それしか無かったから、聞いただけだ」
ぶっきらぼうに答えた樹さんは私の隣には座らず、少し離れたところの壁に凭れながら、オレンジジュースの入ったコップを傾けた。
bkm