『…………』


マスターの唐突な退場によって訪れた静寂。
腕を掴み掴まれながら互いに微妙な距離を開けて何も無い空間を見つめる様子は、傍から見ればかなり奇妙に映っただろう。

そのまま暫く静止状態を保っていた私たち。


「……家、入るか」
「そ、そうですね」


私が頷いたのを合図に、樹さんがポケットから取り出したカードキーのような物で開錠する。

ドアが開く様子をどことなく緊張しながら見つめていると、先に部屋の中へ一歩入っていた樹さんが不思議そうな表情をして振り返った。


「早く入れよ」
「あ、はい。えっと、お邪魔します……」


樹さんに続いて、恐る恐るドアをくぐる。
部屋の中は、二階建てアパートという外観からイメージできる通り、至ってシンプルな構造だった。

玄関から入って右手と左手にはお手洗いとお風呂に通じているドアがあり、私たちが進んだ正面のドアはリビング兼キッチンに通じている。
リビングの奥にはもう一つドアがあり、そこは恐らく寝室なのだろう。

ダイニングテーブルと本棚、その他の家具。
働いている男性が一人暮らしをしている部屋と言われて想像するものとあまり変わらない、ごく普通の部屋だった。

勇太以外の異性の部屋というのは新鮮で、好奇心の赴くままに辺りを見回す。


「適当に座ってろ」
「分かりました」


――と、お互いに踏み出したそのとき。


「うわっ」


前方に進もうとしていたはずの私の身体は、何故か後方へ傾いた。
背中と背中が軽くぶつかる。


「え、あ、すみませんっ」
「だ、大丈夫だ」
「えっと、じゃあ……」


体勢をきちんと整え、もう一度踏み出す。


「あ、あれ!?」


結果は同じ。
またしても樹さんと背中が衝突してしまった。


『…………』


どちらともなく、ある一点を見つめる。
マスターと話していたときからそのままだったらしい。


「腕、忘れてましたね」


小さく呟いた後の空白、ちょうど三拍。


「っ!!?!???!??!」


部屋に響いたのは、衝撃のあまりその大半を喉に置いてきてしまったような樹さんの叫び声だった。



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bkm

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