「というわけで樹くん、この子をよろしくね!」
「はぁ!?」


所変わってシンプルなアパートの一室、樹さん宅前。
「小春ちゃんは僕が責任をもって送っていくから!」と言って四人を先に帰らせたマスターと、例の綿菓子のような乗り物でここまでやってきたわけなのだが。

(明らかに歓迎されてない……!!)

出会った時もだったけれど、今の彼はそれに増し増しくらいのレベルで不機嫌そうだ。
ドアを開けた瞬間は「なんだコイツら」程度だった表情が、マスターが雑な説明を始めたあたりから変わり出して、現在彼の眉間には皺が満員電車宜しくギュウギュウに詰まっている。
マスターの隣であわあわと焦る私を、ドアに凭れた状態の樹さんがちらりと見――いや、睨んだ。


「コイツと二人で暮らせって? ふざけんのも大概にしろ。俺は絶対に嫌だからな!」
「そ、そんな……!」


発された声は自分が思っていたよりも悲痛な響きを帯びていたらしく、可哀想にと言わんばかりにマスターが私の肩をすっと抱いた。


「じゃあ樹くん、この子を他の誰かに預けてもいいのかい?」
「……常葉さんなら、大丈夫だろ」
「どうだろう? 彼もれっきとした成人男性なわけだし……女の子と二人暮らしとなると、ねぇ?」


引き寄せられた肩のせいか、頭上から響く愉しげな声がやたらと近く感じる。
さっきと同じように、一瞬だけこちらを見た樹さん。


「じゃあアンタが面倒見ればいいだろ!?」
「それはダメ。小春ちゃんが選んだのは君であって、僕じゃないから」


謎めいた笑みと共に放たれた言葉に、その言い方だとまるで私がマスターを選ぶことも出来たみたいじゃないか、と心の中で反論する。
樹さんが何も知らされていなかったこともそうだが、どうにもこの人の話は適当過ぎる。
「意味分かんねぇ!」と叫んだ樹さんに、そっと共感した。


「へぇ? じゃあ樹くんは、この子がその辺の道端で至る所に裂け目が入ったボロボロの服を纏いながら痩せ細っていく姿が見たいのかな?」

『……は?』


何の話を始めたんだこの人は、と二人同時にマスターを見る。
当の本人はそこに含まれた心の声に気が付いているのかいないのか、僅かに口角を上げた。



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bkm

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