お手洗い、お風呂場、リビング、キッチンと順番に説明を受けていく。
基本的には「分からないことがあったらその場で聞け」というスタンスのようだが、生活するのに最低限困らない程度の情報はきちんと教えてくれた。

最後に開けられたのは、例の奥の部屋へと続くドア。


「それで、ここが寝、室……」


段々としぼんでいく声。
私の一歩先で、ぴたりと立ち止った樹さん。


「どうしたんですか?」


ひょこ、と部屋の中を覗き込む。
そして。


「え、これって」


私たちの視線の先にあったのは、“女物で”溢れかえった寝室。

――『生活に必要な物は揃えておいたから』

揃えたってどういうことだろうと、疑問を持たないわけではなかった。
でも、後から届けられるのかなとか、夢なんだしその辺上手くやってくれるのかなとか、思っていたわけだ。

恐らく樹さんも同じ答えを出していたのだろう。
「あの野郎、一体どうやって入り込みやがった……!」と苦々しい口ぶりで、呟いた。


「…………」


小包や洋服、紙袋。
現状を見る限りでは文字通り足の踏み場も無いほどに散らかっているが、リビングの感じからして恐らくこの寝室もすっきりと片付けられていたはず。


「えっと何と言うか、申し訳ない、です」
「この場合、悪いのは全面的にマスターだろ」
「まあそうなんですけど……」


さっきから迷惑ばかりかけているような気がして、謝らずにはいられなかった。
すぐ近くで零されたのは、もう何度目かになる溜息。


「そろそろ陽も暮れる。ここはとりあえずお前に貸してやるから、散らかってる荷物全部片付けろ」


そう言って回れ右した樹さんを慌てて引き止める。


「ま、待ってください! ここって樹さんの寝室ですよね!?」
「俺は別にどこでも眠れるし、大体こんな有様じゃ落ち着けねーよ」
「そうかもしれないですけど、でも……!」


突然やって来て共同生活を強いた上に部屋の主を差し置いて寝室を使わせてもらうなんて、誰がどう考えたっておかしいだろう。
私が今すぐ荷物を片付けて、綺麗になったところを樹さんが使うというのが当然の流れのはずだ。

住まわせてもらえることだけでも有難いのに、それ以上お世話になるわけにはいかない。


「やっぱりこの部屋は樹さんが――」
「恐らく、だが。マスターは初めからここをお前に使わせるつもりで散らかしてる。やたらと気に入ってるようだしな。だからぎゃあぎゃあ騒いでねぇで素直に使っとけ」
「そうなんですか!?」


てっきり、嫌がらせのためだとか性格が雑だとかそういう理由なのだと思っていた。
私がマスターに気に入られているというのも初耳だ。
驚く私を置いて、ドアノブに手を掛けた樹さん。


「分かったならさっさと片付けろ。このままだと初日から荷物の上で寝ることになるぞ」
「は、はい……!」


何かあったらリビングに呼びに来い、と言い残してそのまま部屋を出て行った。
散らかった部屋を改めて見回して、気合と共に腕まくりをする。

(頑張って片付けなきゃ!)



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bkm

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