「とりあえずこれくらいで大丈夫です。教えてくださって有難うございました!」


ソファから立ち上がって頭を下げる。

見知らぬ世界に来て、他人同然の人と暮らすことになって。
一体これからどうなるんだろうという漠然とした不安が無かったと言ったら嘘になる。
勿論自分の生活を考えた上での行動ではあるだろうけれど、今の私にとって樹さんの気遣いはとても有難いものだった。


「……別に、礼を言われる筋合はねぇよ」
「そんなこと無いです! 本当に助かりました!」


改めて感謝を述べるが、視線は逸らされてしまう。
何か余計なことを言ってしまっただろうかと小首を傾げていると、樹さんはそっぽを向いたまま「……次、お前の番」と不機嫌そうな声で呟いた。


「え?」


小さく首を捻る私の頭上には、疑問符が沢山浮かんでいたのだろう。
私の様子をちらりと見た彼はどこか呆れた様子で口を開く。


「自己紹介。片方だけやっても仕方ねぇだろ」
「あ、そうでした! えっと、じゃあ……何、話しましょう?」


唐突なフリに対応しきれず、つい聞き返してしまった。
案の定、樹さんの眉間の皺が一瞬にして倍増する。

しまったと思ったときには、既に言葉が音になった後だった。


「はぁ!? んなこと自分で考えろ!」
「す、すいません!」
「ったく、もういい。名前は小春、年は17で七瀬と同い年、女。とりあえずはこれで充分だ」
「え、でも」


自己紹介してもらった側としては、自分だけやらないというのは釈然としない。
そんな思考が表情に出ていたのか、樹さんは溜息混じりに呟いた。


「途中で引き取り手が現れたりお前にどこか行きたい場所が出来たらそっちに行かせるつもりだが、どちらにせよ俺たちは99日間関わり続けることになる。話をする機会なんて、いくらでもあるだろ」

「そう、ですね。99日もあるんですもんね!」


樹さんの言葉の通り、今の私には自己紹介だけでは到底埋まらないような長い期間が与えられているのだ。
これから少しずつ知ってもらえればいい。

笑顔で答えると、樹さんは凭れさせていた身体を起こして立ち上がった。


「ああ。分かったなら、コップ置いてついて来い。部屋の説明してやるから」


そう言って玄関と繋がっているドアへと歩み出した樹さんの背中を、慌てて追いかけたのだった。



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