「っ・・・行くな」
咄嗟に掴まれた腕に触れる手は、いっそ可哀想な程に震えていた。
彼の、こちらを覗く瞳が揺れ動く。
やることを済ませて自身の身を清め、身支度をしていた時にその出来事は起こった。
僕は両の口端を軽くあげると、― つまり微笑を浮かべると。
彼の顎をくいと持ち上げ、顔を近づけた。
面白いほどに彼の表情が、怯えのそれに染まる。そして、赤くも。
「面白いことをするじゃあないか、らしくもない。一体どうしたと言うんだい?」
緩く掴まれた手は小刻みに震えている。まるで彼に似つかわしくない小動物の様。
「僕をこの場に居留めさせて。
きみは、このあと、はたしてどうするんだろうね? とても興味深いよ。」
あまりにも直接的すぎる挑発。
さて彼はどんな反応をするだろうか。
「・・・っ、急ぐ、のか」
「ッぷ……、くっ、ククク・・・!!」
聴いたかい、ええ?
急ぐのか、だって。
おもしろいおもしろいおもしろい!!!!!
だって彼ときたら、頬を真っ赤に染めちゃって。
まるで――。
「その言いぐさ、僕を好きみたいだね」
ああ笑いが止まらない!
あの魔王が。悪そのものの彼が。
『光』の象徴たる僕を好きだなんて。
「言ってごらんよ? …僕の事が、好き、なんだろう?」
『 さあ、ほら 』
耳元で甘く囁いてやると、彼は肩を敏感に反応させた。
答えは頂いた様なものだ。
「ッ…リ、」
「おっと! …約束を忘れたかい、誉れ高き魔王様。 僕らのどちらかが、一度でもその名をプライベートで口にしたなら…。」
忘れたわけじゃあないだろう?
彼の柔らかい耳たぶを、ふわりと舌で掠める。 ァ、と、彼の太い喉仏から擬音。
「だが……、俺は、もう・・・っ」
歯噛みし、言葉を飲み込んだ目の前の男に、心の中で大笑い。
「ねえ、?」
今度は、僕が彼に問いかける。
彼が、僕の方を見た。 切なげな瞳で。
― ゾクゾク、するなあ ―
「見て。」
僕は、鉄に覆われた窓枠の中心に存在する景色を指さした。
「君の世界。真っ黒で、何もなくて。
―― まるで僕らの関係みたいだネ?」
「ッ・・・!」
「そんな泣きそうな顔、しないでよ。」
すごくいじめたくなっちゃう。
そう告げると、彼の片目から、一筋零れた、気がした。
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どうしてもこう…黄昏の勇魔って暗くなっちゃいます、ね。
珍しく魔王⇒勇者で、裏設定として、勇者に一目惚れした魔王様が、身体の関係を望み、それに応えた勇者っていうのがあったりします。
切ない気持ちを抱え続ける魔王様と、
それを嘲笑い、その気持ちから目を背け、後には何も残らないと思ってる非人道的且つ、実は臆病者な勇者様。
ところで、黄昏の勇者様の一人称でいつも悩みます…。今回は『僕』な感じで。何だか新鮮。