「ねえ、ピッコロさん?」

瞑想中のピッコロさんの肩に遠慮気に触れてみた。
前の彼だったら迷わず触るなって怒っていただろうけど、今は全く、そんな気すら感じられない。むしろ、なんだか暖かいものが、僕の手の平を通じて身体中に巡ってくるのを感じた。

もしかして、いや、多分きっと、これは僕の驕りなんだろうけど…ピッコロさん、僕に触れられるの嬉しいのかな?
だって、じゃないと「何だ」って聞き返してくれるピッコロさんの優しげな声色の説明がつかないもの。



「僕ね、今、ピッコロさんにすごく触れたいんだ…」

「触れる?」

「そう。あの、その…」

「なんだ、早く言わんか!」


ピッコロさんが短気だということは百も承知だけど…
あのね、と本題を易々言ってのけられるほど、軽い内容では無いのだ。


「きっ、キスしてもいいですか?」

「キス?…なんだそれは」

「…。……。へっ!?」


なんと、ピッコロさんは『キス』という言葉の意味を知らなかった。
そういえば以前ナメック星でデンデが、ナメック星人には性別という概念が無いのだと言っていたのを思い出した。
ってことは、恋愛も知らないわけで…なるほどキスを知らないのも、うなずける。


「なっ、なんだ。キスを知らんことがそんなにおかしいのか」

「えっ、い、いや…。えと、じゃあ、僕にこうされるの、嫌ですか?」


試しに、軽く彼の唇に口づけてみる。
ピッコロさんは元々低温みたいで、あったかいとかそういうのはなかったけど、ほどよく柔らかな感触がして、僕の体温は一気に上昇してしまった。


って、今は好きな人の唇の素敵な感触に浸っている場合じゃ無い。ここで最も重要になってくるのは、ピッコロさん本人の意思だ。


「…。」

「ぴ、ピッコロさん?」


神妙な顔をしてなかなか口を開いてくれないピッコロさんに一抹の不安を感じ、思わず彼の名を呼んでみる。


「別に嫌ではないが、これが何だというんだ?」

「うーんと、好きな人にしてもらったりしたりすると、すごく幸せな気持ちになるんです。」

「…なんとも理解しがたいな。」

「でも、嫌…では無いんですよね?」

「まあ、嫌というわけではないが…」


よかった…!嫌がっては無いみたいだ。
そうなると、調子づいてきた僕の願望は、もっともっと深くて濃くて、強欲なものになっていく。

僕は自分で言うのもなんだが、こういう恋愛的なものに事関しては非常に慎重で先を急がないタイプだと信じていたのに、やはり僕も、一人の人間であり雄であるみたいだ。


「じゃ、じゃあ、今度は、もうちょっと長くしてもいいですか?」

「別にかまわんが」


キス自体をわかっていない相手に対してその言葉の意味も説明しないままに、こういうことをしてしまおうとする自分の厭らしさに呆れると同時に、相手への罪悪感が一気に押し寄せてくる。

なのに、スイッチの入ってしまった僕の心は、頭の中でさっきから煩く鳴っている警報を完全にシャットアウトして無かったことにしてしまった。

大好きな大好きなお師匠様の肩に両手を添え、顔を近づける…






…。
……。

そうだった。すっかり頭の中から除外されてしまっていた。
ピッコロさんは、キスというものを微塵も知らないんだった。


「あっ、あの」

「なんだ」

「目、閉じてくれません?」

「?なんでだ」

「そういうものなんですよ、キスっていうのは」

「む…そ、そうなのか?」


僕のお願いを、「どうにも分らんな」と言いたげな表情をしながらも引き受けてくれたピッコロさんの頬を撫でると、彼は多少大げさにびくんと肩を揺らした。
目を開けようか迷ったみたいだけど、僕のお願いだからとそのまま閉じていてくれた。そんなピッコロさんが、すごく愛しい。
彼の低温な肌に、僕の体温が馴染んでいくのが分る。すごく幸せだ。

頬に触れた右手はそのままに、今度こそ、その柔らかな唇に自分のものを重ね合わせる。
もちろん、さっきみたいな触れるだけの挨拶みたいなやつじゃなくて、所謂『キス』というものをだ。



最初は角度を変えて軽く啄み、次にそれを少し深いものにしていく。

僕の右手は、自分でも気付かないうちにいつの間にか頬から後頭部へと移動していて、肩に置いていた左手は、彼の右手に覆いかぶさり、彼の指と自分の指とを絡ませていた。


しばらくその唇を堪能していると、さすがに痺れをきらしたのかさっきまでされるがままだったピッコロさんも、ついに口を開いた。
僕としては、もっともっと、ずっとこの心地いい感触を楽しんでいたかったんだけど…残念


「っ、悟飯、いつまでこのキスというのをしているつもりだ?いい加減飽きてきたぞ」

「ん、ごめんなさい。嬉しくて、つい…じゃ、じゃあ次は、大人のキスしてもいいですか…?」

「大人のキス?キスにも色々な種類があるのだな」


はい。短くそう返事をして、彼の目を見る。
至近距離で見る彼の漆黒の目は艶を帯びていて、すごく情欲的だ。まあ、ピッコロさんにはそんな気はまったく無いんだろうけど。


「ピッコロさん、少し口あけてください」

「ほうか?」

「はい、それでいいです。初めはびっくりするかもしれませんが、少し我慢してくださいね」


面倒くさくても、生まれ持った好奇心には勝てないみたいで、ピッコロさんは素直に口を開く。
少しだけあいたその唇に、欲を隠せない。今すぐにでも押し倒してしまいたい欲望を必死に抑え、その厭らしく開いたすき間に、舌をすべりこませた。


「っ!?」

「んっ…ピッコロさん、大丈夫ですから僕に身を任せて」


流石のピッコロさんも今回ばかりは驚きを隠せなかったみたいで、咄嗟に口を閉じようとした瞬間、彼の牙が僕の舌を傷つけてしまったらしい。少し鉄の味がした。
申し訳なさそうに声を漏らすピッコロさんの頭を撫でると、なんだか安心したように、強張っていた彼の身体から多少力が抜けた。

それにしても、僕は自分の舌の傷なんて全然きにしていないのに、まるで親の機嫌を窺う子どものように、ピッコロさんは僕のことをちらちらと見てくる。
まったく、目を閉じていてって言ったのに。ほんとに可愛いんだからなぁピッコロさんは。



「ふ、ん゛っぅ…ふは、ぁ、ご…はん、んぅっ」

「はっ、ん…すみません、苦しかった?」


苦しいかという僕の問いかけに、ピッコロさんは控え目に頷く。
僕の中ではとうに解決していても、どうやら彼には違うみたいだ。僕の怪我に負い目があるのか、自分からやめたいという素振りを見せない。…もしかして、気持ちいい、とか?いやいや、それはあまりにも都合がいいよね。落ち着け、僕。


彼が苦しいというので、(僕としては物足りないのだけど)今回はこれでお開きにしよう。けどその前に、ピッコロさんの肌をもう少し堪能したいな…。

僕の願望は、どうやら身体にでやすいらしい。
自分の脳が身体に命令する前に、僕の我儘な手は行動を起こしていた。
彼の深緑の肌を滑り、それは特徴的な長い耳に達していた。愛おしげにその耳を撫ぜると、ピッコロさんはくすぐったそうに身をよじる。
そして先程から絡み合っていた視線を千切り俯くと、口ごもりながら言った。


「悟飯、その…すまない。傷つけるつもりは無かったんだが…その…」

目を泳がせながら、ちらちらと僕を見上げる。(いつもは僕が見上げるのに。なんだか新鮮)
愛弟子の身体の一部を、どんな形であれ自分が傷つけてしまったという事実は思った以上に彼を苦しめ、重くのしかかっているみたいで、僕はすごく罪悪感を感じた。






「……ピッコロさんの歯って、結構するどいんですね。舌がひりひりするや」

―――― えっ、あれ?こ、こんなこと言うつもりじゃ…!


「っ、す、まない…」

―――― わあああ違う!違うんですピッコロさん!僕はそんな、あなたをそんな風に思ってるわけじゃないですよ!?


「ね、ピッコロさん?僕の傷、痛そうでしょ?実際痛いんです、これ。でね、あなたに、手当してもらいたいなぁ」

―――― ちょっといい加減にしてくれえええ!ぼ、僕はなんてことを…


「て、手当?」

「そう、手当です。僕の傷を、ピッコロさんの舌で、癒してください。」

そう言って僕は、自分の舌を外にさらした。
あああっ、もう、絶対嫌われたよ…僕、きっとピッコロさんとのキスが嬉しすぎてどうかしちゃったんだ…こんなことになるんなら、最初からキスなんてしなきゃよかったよ…。


って、思ったのに。
ピッコロさんは分ったと言って、僕の舌に、自分の舌を遠慮がちに添えてきた。

添えるって表現になったのは、文字通り添えるだけだったから。分ったとはいいつつも、彼はどうしたらいいのか分らないまま、とりあえず手当をしなければという師匠としての愛情で行動を起こしたらしい。


「ん、ピッコロさん、もっと絡ませて」

「だ、だが…」

「早く。手当、してくれるんでしょ?」


もしこれ以上舌を進めてしまえば、また僕を傷つけてしまうのではないかと思ったらしい。
なかなか行動を起こさないピッコロさんに、少々強めに『手当』という言葉を強調して言ってみたけど、やはり心のどこかで恐れているのか、どうしても舌を僕の口の中まで入れることが出来ずに右往左往している。


「ふぅっ!?んっ、んふ、ふは…ぁ、ァんッん゛」


いい加減焦れてきて、もう我慢出来ないとばかりにピッコロさんの口内を堪能する。
逃げ回る彼の舌を捕まえては吸いつき甘噛みしてやる。
はっはっ、と短く呼吸するピッコロさんの口元を見やれば、飲み込めなかったのだろう。どっちのものともつかない唾液が、顎まで線を引いていた。



「んくっ・・ふぁ、ァは…」

「手当、ありがとうございました」


僕の背中に回していた手はそのままに肩で息するピッコロさんを見つめながら、いい子いい子してあげる。僕がピッコロさんにしてもらって嬉しいのと同じように、ピッコロさんも嬉しいのかな?それを聞きたくても、今この状況で聞くのはミステイクだ。

しばらくして息の整ってきたピッコロさんは未だ僕から離れず、少しばかり放心している。
僕はそんなピッコロさんのおでこに軽くキスを落とすと、大好きです、ピッコロさんと告げ、自分より一回りも二回りも逞しくて大きな身体に抱きついた。
彼の上昇した体温は、どんな高級布団よりもあったかくて気持ちがよかった。



そして、このまま眠ってしまえそうとも思った。
躊躇いながらも僕を抱き寄せ頭を撫でてくれたピッコロさんの思いがけない行動と、自分の中に潜むもう一人の自分の存在に驚きながら。








最後はギャグで終わるはずだったのに何故かヤンデレ気質が漏れ出した悟飯ちゃん。これぞかのミラクルMGワールド(言ってろ)

ところで。悟飯ちゃんがピッコロさんと初めてキスする時は、リードしながらキス(純情悟飯ちゃん)かもしくは何もわかっていなくて戸惑うばかりのピッコロさんには目もくれず、奪うようなキス(ヤンデレ悟飯ちゃん)か、どちらかだと思うんだ^P^
あ、これMGの願望ですねむしろ。すみません^P^

ちなみに題名は、『(あなたにキスすること)それが幸せ』って意味なんです、実は(笑)

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