地面から足が浮く。首を捻って後方を見れば、ルフィの片腕が奇妙なまでに"伸びていた"。ハートの潜水艦で一悶着あった当時には終ぞ見なかった光景だが、恐らくこれが彼の能力なのだろう。 「麦わら屋、人のクルーに何しやがる!」 「良いよロー、行って来る! 上陸経緯も訊きたいし!」 腕ごと捕らえられてしまったが、ルフィからは敵意も害意も感じない。此方としても彼等がいつの間に、どうやってこの地を訪れたのかは把握しておきたい。 片手を擡げて今にも三度目のサークル発動に踏み切りそうなローへ向けて声を張り上げると、既に距離の空いた立ち姿が何か諦めたように玄関方向へと身体の向きを変える様子が確認出来た。俺の能力が初対面の相手ならば特に不意を突きやすい点も加味してくれたのかもしれない。 数秒の空中浮遊を経て、宙で唐突に拘束が解けた。直後に何か硬いものの上に仰向けで背中から落ちる。 低い位置でルフィが腕を外してくれたようで衝撃は無いに等しい。 直ぐに上半身を起こして座り直すと、やたら鼻の長い青年と目が合った。容姿が特徴的過ぎて見覚えがある。 「ギャアアアア!? ルフィお前っ、なんつー奴連れて来てんだァア!」 「え? 何だよウソップ、駄目なのか?」 「駄目過ぎだァ! そいつァさっきのトラファルガーんトコのナンバーツーだぞ!? それも懸賞金は元一億一千万ベリー、つまりゾロに匹敵するぐれェの強さ持ってる恐れがあんだよ! ロビン情報だから確かだ!」 「へー! お前すげェなー!」 「呑気かァ!」 「いやー、政府の過大評価かと…」 「謙虚かァ!」 人の顔を見て悲鳴を上げたかと思えば発言にはツッコんで来たり、この極寒の中元気な男である。 ウソップ、ゾロ、ロビンと名前の挙がった三名はシャボンディで見かけた上、容姿が劇的に変わっている訳でもないので顔を見れば意外と記憶を思い出す事が出来た。 加えて、やけに背の高い人間の白骨が服を着てサングラスを額に乗せ、更には王冠まで被った格好で斜め前に座っているのだが、眼窩も当然ながら単なる穴なので視線が合っているのかも分からない。そもそも生死の観点で見て良いのかも分からない。 だが何故かアフロヘアーを有しているそのホラーな顔面は、麦わら一味のクルーとして手配書が配られていたのは確かだ。実物を見るまではてっきりそういう骸骨を模したマスクを被っているのだとばかり思っていたが、どう見ても本物の骨である。世界は広い。 「おい、ルフィ。ウソップの言う通りだ、何でコイツを連れて来た」 相変わらず三本の刀を提げているゾロが、二年前とは異なり片方しか開いてない瞳を向けて来た。下手に動けばこの面子の中では真っ先に攻勢に転じるであろう警戒心が肌を刺す。 その緊張感が果たして伝わらないのか案外無視しているのか、ルフィはまるで旧友を紹介するかの如く俺の肩に腕を回して、上機嫌な様相で口を開いた。 「コイツも二年前世話になったんだけどよ、不思議パワーが使える奴なんだ! あん時ヘトヘトだったのが急に疲れ取れたの思い出して痛ででで!?」 「ルフィ、人の能力さらっとバラすのはやめような…? そりゃね、俺はあの時この事誰にも言うなよとか口止めはしなかったけど、君のクルーだからってホイホイ他人に話されても構わない理由は俺には無いんだよ?」 「ふぁい…! ふみまひぇん…!」 「ごめんねロロノア君達、そちらの船長に」 「…いや、今のはソイツが悪ィ」 他の海賊の失言を、というよりも年下の子のうっかりを叱る心地で指先に若干オーラを込めてルフィの頬を抓ると、やはり性根が素直なのかあっさり詫びた。 万が一ローが余所の海賊団のクルーから不躾な態度を取られたなら、ローに非があったとしても身内の贔屓目で俺は良い気はしないので、麦わらの一味の中で二番目に懸賞金額の高いゾロを代表に選んで一言述べる。顔色を変えずに小さく首を横に振る反応が返ってきて、正直ほっとした。 二年前に女ヶ島のジャングル内でルフィとジンベエの体力を回復させたのは事実だ。完全に俺の自己満足を含む節介であったし、当時はルフィも正気を取り戻したばかりで何かと心中大変だったろうに、たった数分間の出来事を覚えてくれていた事自体は嬉しい。 ただし明確に敵対している場面ならともかく、互いに戦闘の意思など無い今の状況で、おまけに"茶ひげ"に乗っている中で不用意に話して欲しくはなかった。"マスター"に心酔している"茶ひげ"が今の会話をシーザーに告げたら少々厄介な事になる。 ルフィの声は決して大きいという程ではなかったがどうだろうか。今は向かい風なので、吹雪の音で"茶ひげ"は聞き取れていなかったと思いたい。 「もう口から出しちゃったモンはしょうがないけど……力貸してくれって言ってたのはその事?」 「おう! さっきブルック以外のおれ達、暑ィ方からこっち来る途中で湖に落っこっちまって、服は何とかしたけどやっぱなんかダリィ気もすんだよ。仲間探さないといけねェからその辺で休んでもいられねェし、お前の不思議パワーまた貸してくれ!」 「っはぁ!? 落ちた!? あの湖に!?」 「本当ですよ、ルフィさん達が溺れかけてしまったのは私も見てました」 何の冗談かと周囲を見回すが、皆が真顔で頷き、ブルックと呼ばれた白骨まで肯定する。 ゾロはかなりの短髪、ルフィとウソップは帽子がある為気付かなかったが、コートのフードを目深に被るロビンの艶やかな黒髪はよく見れば全体的に固まっていた。確かに一度濡れなければこうも凍りはしない。 それでも顔色も青くなければ唇が紫に変色してもいないだけ彼等は大したものだが、人間の身体はあまりに急激に体温が下がると自発的に体内で熱を作り出して温度を保とうする。今がまさにその状態なのかもしれないが、それが続くと外気の寒暖の判断までもがつかなくなって危険だ。 しかも炎の土地から来たという点も事実なら、周囲の暑さと発汗により、既に体力の消耗が進んだ身体で此処まで来た事になる。にわかには信じ難いが。 「それ聞くと、放っておくのは悪いけど…俺の能力も無尽蔵じゃないからな。質問に答えてくれるなら良いよ」 「質問? いいぞ!」 「あのすいません、本当に構わないよって方は挙手願えます?」 交換条件を持ちかけたのは俺だが、船長の承諾が早過ぎて思わずクルーの総意を窺ってしまった。俺の妙な不安を感じ取ってか手を挙げてくれた他の四人はしっかり者である。 back |