瞬きした瞬間、数メートル先に居た筈のローが真横に立っていた。
 能力で移動させられたと理解したと同時、複数の発砲音がけたたましく前方から鳴る。ただの人間の命ならば容易く摘み取る銃弾も、ローの片手の動きひとつで同じ数の雪の塊と入れ換わり、銃を構えた海兵達の足元で炸裂した。

「何で銃弾がこっちへ!? 撃った弾は何処行った!?」
「ねえローさっき小声でハウスって言わなかった?」
「…撃った弾はそれだ。そっちの雪と入れ替えたからな」
「言った? 否定しないって事は言った?」

 俺の問いかけを無視して律儀にも海兵の喚きに答えてやるローのちょっとした悪乗りの一言は、唇の動きから判別出来ていた。吹雪で多少視界が悪くとも腐っても元プロハンターである、動体視力は落ちていない。海兵が銃を構えたからこそ万が一にも被弾しない位置まで俺を先に逃がしてくれたのだろうし、本気で不服を申し立ててはいないが。

「無敵かよあんにゃろォ〜!」
「あっ今のもっと言ってくださーい!」
「言うかァ!」

 何やら罵倒にしては嬉しい文句が聞こえたのでついアンコールをせがんだが即答で却下された。それはそうだ。俺が彼の立場でも言わない。
 中断された一撃を放とうと隣でローが再び構える。致死性の攻撃でない事は明らかとは言え部下が細切れにされて構わない筈もないだろう、と先程は間合いを空けていたスモーカーを視線で探すも、ロー以上に長身で大柄なその姿が見渡す範囲に見つけられない。白煙に化けられてしまったようだ。

 ならば葉巻の香りを追うかと鼻先へオーラを集めようとした折、突如として眼前で煙が踊った。

 ──ガギィン!!

 袈裟懸けに振り下ろされた刀身と十手が衝突し、硬質でいて重い音が弾ける。
 その音の名残が空気へ溶けきらない内に、十手を握る片手のみを其処に残したスモーカーの身体が流動してローの背後へ回り、首をわし掴んで頭から地面に叩きつけた。
 刀を握っている右側から来られた所為で反応が遅れたのか、ローが鬼哭を手放す。

 スモーカーの巨体に見合う剛力で踏み折られては堪らない。走り寄りざま拾い上げて現場を振り返ると、スモーカーの右斜め後ろに移動したローと肩越しに目が合った。傍目には常人なら首の骨を折られていそうな一撃だったので思わず安堵の息が漏れる。

 言葉を交わすのも惜しい状況なので、横着だが掌を「凝」で補強し、鬼哭の切っ先を掴んでローへ柄側を向けた状態で投げつける。
 難無く受け取ったローは柄を両手で握り直すと、まだ地に膝をついた体勢を変えられていないスモーカーへ刃が届くギリギリの距離から斬りかかった。

「嫌なエネルギーを感じる…海楼石だな。その十手の先…!」

 今度は互いが自分の得物を思いきり振り抜いた。横這いではなく斜め上に向かうような軌跡を描いて飛んだ斬撃は、周囲の自然物を破壊する。
 一つ妙な形の氷山が在るな、と斬られた所為で自重により落下し始めたそれをよく見れば、一旦ローに刻まれた痕跡のある山の一部な上、俺が合流する前に解体して山肌へ接着したらしき軍艦の前方半分までもが一緒になって降ってきた。これだけで充分災害だ。

 鞘を預かった儘で正面玄関の近くまで後退すると、割れた木片や積み荷が降る中を掻い潜って何人かの海兵がたしぎ目掛けて走ってきた。
 上半身と下半身がそれぞれ別の兵に担がれ、一直線にサークルの外へと駆けてゆく。彼女の刀の刃半分を置いて。

「えー、ちょっ……え〜……?」

 ぼやく。命が懸かっているからか海兵の逃げ足は速く、既に叫んだところで声が届く距離ではない。かと言って届けてやる義理は無い。
 海兵の不注意、そしてローの意識がスモーカーへと逸れている内に拾っておかなかった彼女のミスだ。切断された身体がくっつくのなら刀も然りだと気付いて取りに来るかもしれないので、せめて雪に埋めるような意地悪はしないでおく。

 ──ドゴゴゴゴォ…ン!!

 凄まじい轟音が地面と鼓膜を揺さぶった。
 斬り崩された氷山と軍艦が立て続けに雪原と激突し、飛沫にも似た姿で四方八方へ雪が舞い上がる。
 その純白の膜が風に吹き飛ばされるよりも先にローの影がぶれ、追撃の太刀により更に船が細切れにされゆく。もう第三者に介入出来る戦闘ではない。

 落下物の着地点はローの意思で調節可能とは言え、他人を気に掛けながらでは動きにくいのは今やローも同様になった。
 スモーカーは煙状化により足場の悪さの影響を受けなくする事が出来るし、落下物に当たっても無傷で居られる。庇わなければならないのは海楼石を配合済みらしいが為に悪魔の実の能力が及ばない十手のみだ。

 鋼のぶつかり合う物音が殆ど絶え間なく耳に届く。
 槍術にも似たスモーカーの十手捌きをローが鬼哭で受けながら、二人が少しずつ玄関方向へ近付いてくる。

 そうして再び間合いが空いた直後、両者の間で雪下の地面が円錐形に隆起した。
 これまでに何度か目にしているが、任意の対象を思い通りの方向へ操作出来るローの"タクト"は、ロギア系の物理攻撃無効化とはまた違う狡さがあると思う。勿論ローの努力と研磨あっての実現効果だが、サークルの発動さえ成していれば、指一本の動きのみで地形すら変貌させてしまえるのだ。

 岩かと見紛う程に押し固められた土の塊の上半分を、スモーカーの十手が突き砕く。ローの鬼哭と大差ない程の全長を持つその先端が宙を穿つ頃には、ローは障害物の陰に隠れる形で身体を屈め、構えを変えていた。

 ローが地面の塊へ掌底を喰らわせた瞬間、スモーカーの動きが止まった。
 続けて自らの身体を見下ろしたかと思うと、膝から崩れるように俯せで倒れ込む。

「……良かった、」

 つい一言漏れた。
 スモーカーは流石に自らの能力の使い方を心得ていた。ローが負けるとは思っていなかったが、素手でローを地に叩き付ける場面を目の当たりにした時はぎょっとした。
 此方を振り向いたローの手が、色彩に乏しい景色の中では遠目でも存外目立つくすんだピンク色をした立方体を掴んでいる姿に、息を吐く。

「お疲れ様。どうする、一回中に戻る? 海軍片付けておく?」
「…戻るか。この事態はシーザーにとっても想定外に違いねェ、奴の対応策を聞くのが先だ」
「分かった…、……うん?」

 決着に伴いローのサークルは消失した。巻き添えにならない為に逃げていたスモーカーの部下一同も勝者と敗者を確認する為に今頃動き出しているかもしれないし、纏めてかかって来られても此方に応戦する意欲がない今は面倒だ。

 そんな事を考えながら何の気なしに再びスモーカーの方を映した視界の中に、遠方から雪を巻き上げつつ駆けてくる"茶ひげ"が見えた。

 彼はケンタウロスの面子を集めたパトロール部隊を率いているので、屋外に居る事自体は不思議ではないのだが、部下を連れずに単身で疾走する様子は違和感がある。
 戦闘が起きていると知って、加勢のつもりで来たのだろうか。"茶ひげ"も下半身の移植手術を機にローと俺を好意的に見ている一人である。

 能力を使った影響でローの息が少し上がっているので念を発動したいが、まさか他人の前で手を繋ぐ訳にもいかない。
 一先ず"茶ひげ"の接近を待っていると、何故か複数の声が聞こえてきた。

「ホラ、これ軍艦じゃねェか!」
「じゃあ海軍が来てんのか!?」
「えー!? さっきまで此処には何も……」
「あそこ、誰か居るぞ!」

 走る"茶ひげ"の後頭部から、通常サイズの人の顔が覗いている。

「あれ〜!? お前等は〜っ!!」

 此方に対して大きく手を振る人物が着ている、赤と白のボーダー模様に彩られたロングコートは数時間前の研究所内でケンタウロスが全く同じ物を着ていた覚えがあるが、深く考えない。

 少年と青年の境に居るあどけなさを残した顔に満面の笑みを浮かべたモンキー・D・ルフィと、目が合った。

「……麦わら屋、」
「本当に一味で上陸してるっぽいね…」
 



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