上陸間もない此方に対し、言葉の通り「矢継ぎ早に話を進めて悪い」などとは思っていなさそうな薄ら笑いを貼り付けたシーザーに隠さず溜め息を吐いて見せたが、俺の心臓を手中に収めたシーザーの表情は変わらない。機嫌の上下さえ確実に読んで刺激しなければ面倒な絡まれ方はしなさそうだ。

「囚人共の脚を治す方法はあるが、そのやり方は限られるんだったか。こっちで何か手伝える事がありゃあ協力はしよう」
「…先ず、ソイツ等の下半身不随の原因が四年前の事故で吸飲した有毒神経ガスなら、本人の神経系の治療は不可能だ。一度機能しなくなったモンの再生は現状の医療技術では叶えられねェ」
「んん? お前の食ったオペオペの実、ってのはそういう不可能を可能にするんじゃねェのか?」
「壊死した部位の復活は流石に無理だ。よって自力での歩行を可能にしてェなら腰から下、患者次第じゃ腹から下を丸ごと取り換える事になる」

 そこまで言うと、シーザーは手袋を嵌めた片手を顎に添えて宙を睨んだ。代替用の"素材"の入手について思案しているなら良いが、人数分の調達は難しいから他の仕事をしろと言われれば厄介だ。なるべくシーザー側の物事に時間を割きたくない。

 一分にも満たない時間、眉間に皺を寄せ、視線を浮かせては落としていたシーザーは、自らの腿に頬杖をついた姿勢を緩慢に解いたかと思うとソファーに座り直した。

「下半身の交換、なんつー離れ業が、お前にゃあ可能なんだな?」
「ああ。ただし交換対象は施術の時点で生きてる事が前提になる」
「だったら部下共にくれてやれんのはせいぜいが動物の足だなァ、同じだけの数の人間を用意すんのはオレにも難しい…。二度とてめェの足じゃ歩けねェと諦めた連中だ、拒みやしねェだろうよ。余所者に見られる機会もそうねェしな」
「好きにしろ。"材料"の確保は当てにして良いのか」
「シュロロロ、任せろ。牛、馬、山羊、豹にキリン、羊、カバ、豚…人間に接合出来そうなのはこの辺か? …あァ、何人か図体がデケェのも居たな…まァ手こずるようなモンじゃねェ。一週間以内には手配しよう」
「準備が整ったら言え」

 努めて簡潔に話を纏め、腰を上げる。これ以上面を向かい合わせていれば嫌味や皮肉が喉で止まらずに飛び出しそうだ。
 この島にもニュース・クーは飛来するのか或いは俺の噂を耳に挟んでいるのか、シーザーは無駄な世間話の為に口を開く様子は無い。仮に俺に関して苛烈さと残虐さの誇張された新聞記事を読んだ上で勝手に距離を置いてくれているならば、何よりではある。

 肘掛けの部分を回り込んで踵を返す。ソファーの裏側に置いた荷物を持ち上げる頃にはアルトも席を立ち、追って自分の鞄を手に取ると俺の隣に並んで歩き出した。しかし数歩も行かない内に未だ聞き慣れない女特有の高い声が追いかけてくる。

「アルト」

 俺の両手が荷物と鬼哭で塞がっている現状を見てか、アルトの元へ山なりに弧を描く軌道で銀色の金属が放られる。受け取ったアルトが手を開くと、開かれた掌には一つの鍵が収まっていた。
 近代的な様相の施設内で見るには随分と古めかしい形状で、アルファベットのEに似た見た目のそれには摘まむ部分に「B棟22」と刻印されたナンバープレートが付属している。

「貴方達の部屋の鍵。空いている中では一番広い所だから、もし不満があっても飲み込んで? 風呂もトイレも男性用は共同なんだけど…壁に案内があるわ。深夜なら風呂場は比較的人が少ない筈よ」
「…どうも」

 モネの言葉にアルトが会釈で応じたのを機にまた足を踏み出す。
 出入り口の扉をくぐると正面の壁にペンキで矢印が二つ描かれており、右向きのものにはDとR、左向きのものにはAとBの文字がそれぞれ白抜きで上書きされ、所々が剥げてきていた。左側へ進路を変える。

 無言で歩み、突き当たりの階段に行き着く。建物の一階毎の高さが判る長めの段を二階分下り終え、再び踊り場壁面の表示に従って歩き出すと、アルトが横から背筋を曲げて見上げてきた。

「ロー、何か怒ってるよね?」
「…お前が原因じゃねェよ。取り敢えず施設内を一周するぞ」
「分かった」

 割とあからさまに不機嫌を表に出している自覚はあったが、全ては先程のシーザーの発言が故だ。自分の非が思い当たらないからこそ無駄に俺の顔色を窺う事はしないアルトの態度に、少し落ち着きを取り戻す。この表情からしてシーザーが向けてきた不躾な暗喩の意味には気付いていなさそうだ。

 シーザーが言ったのは、アルトが俺の"狗"だという下卑た冗談だ。
 ある種の閉鎖空間である船内に籠りがちな海賊の中には好色家や男色家の混在も珍しくはないし、海上生活が長引けば欲の発散相手に容姿の良い同性を選ぶという異性愛者とて少なくない。シーザーが言う"狗"もモネの言う"邪推"も、そういう事を指している。

 モネはまだ暈した物言いで、且つ巷では噂が立っている云々と事実を述べたので特に不快には思わなかったが、シーザーの個人的な揶揄と邪気を含んだ言い回しは看過しかねた。詳細を見聞きしていない物事や対象に関して偏見で好き勝手述べるのは人間が誰しも持ち得る悪癖だが、面と向かって馬鹿にされれば腹も立つ。
 大方シーザーはこの島内に限り自らの地位が俺より高い事で調子に乗ったのだろうが、いずれ諺に倣ってあの口が元で災いを被って欲しい。

 C棟からB棟への連絡通路に出る。
 これまた段数の多い螺旋階段を降りた先のB棟一階は、広々としたロビーだ。配管や高所の橋が剥き出しになり、大小幾つもの薬品タンクとパイプがひしめく。
 室内の端に階段が設置されているが、遠目に見ても嫌になりそうな程に段数が多い。

「ロー、この階から全部の棟に行けるみたい」

 能力で移動してしまおうかと考えたところで、傍らからの声に視線をずらす。
 アルトが腕を伸ばす先、部屋の奥には左から順にD、R、Cと上部の壁に描かれた通路が存在していた。
 振り向いてみれば背後にも「A」の文字を掲げる鋼鉄の扉が在る。先程まで居たC棟は四階にシーザーの研究室が置かれている事もあってか接続路は多いようだが、何処へ行くにも先ずは此処B棟を経由する構造らしい。

「どうする?」
「先にA棟を見る」

 そう告げれば小さく頷いて身体の向きを変えるアルトの旋毛を見て、気付くと細い溜め息が唇から逃げ出していた。
 他ならぬ俺が思う事ではないかもしれないが、まったく従順に育ったものだ。
 



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