ローの"七武海"加盟の可否を海軍上層部で議論する間、待機用にと宛がわれた部屋に軟禁されて五日が経った。

 電伝虫は最初から持ち込んでおらず、室内に書籍も無く、外部との連絡を懸念してかメモ帳や文房具すら与えられない。
 そんな部屋でやれる事と言ったら睡眠か軽い運動ぐらいで、ストレッチの後に適度な疲労を負うまで運動しては眠り、合間に支給される食事を摂るというまるで囚人さながらの生活が続いている。実際に海賊が投獄されるインペルダウンは段違いに過酷で劣悪な環境らしいので、あくまでイメージとしてだが。

 そして拘留六日目の今朝、ローだけが呼ばれて部屋を出て行った。ベッドに寝転がり逆さまの壁掛け時計を見上げるとそろそろ三十分経とうとしている。

 "七武海"の件で呼び立てられたのは間違いないが、何か交渉にでも付き合わされているのだろうか。軍としては他の海賊の横行を抑止する為に実力者を取り込みたい筈だが、どうせなら"七武海"自身が悪行を重ねないようにしたい思いも併せ持っている筈だ。
 新しい元帥のサカズキは大将時代から海賊に対する敵視が凄まじいと噂で聞いたし、何かと加盟条件を突きつけてくる可能性もある。とは言え基本的にローは他人の指図を受けるのが嫌いなので、そんな話し合いになれば妥協点を探すにも難航しそうだ。

 其処まで考えた折、ふと独特の香りが微かに嗅ぎ取れた。上陸初日に接したスモーカーの葉巻の匂いだ。
 足音こそ聴こえないが近くに来ているのかと上体を起こし、胡座をかきつつ自分を中心としてオーラを円形に拡げる。

 俺の特殊能力が悪魔の実によって発現したものではないとローに知られてから今日までの一年と少し、俺も自分なりには自己強化に励んできたつもりだ。
 クルーが怪我をすれば程度が軽い場合は俺に処置を一任させて貰い"見えざる繭(ソフトプリズン)"発動時の使用オーラ量の練習を兼ねたり、海賊や海軍との戦闘でローから教わった刀術を試したりと、なかなか忙しない日々だった。

 それ等に加えて個人的に「纏」と「練」の反復訓練を最低一日一回は行うようにしていた事で内在オーラの総量が増し、今では「円」の最大直径がローと出逢った当初に比べて倍の二十メートルになっている。"香辛料無差別配布(ビビッドシャワー)"の有効範囲が「円」の直径内なので実質能力の強化に繋がった点だ。

 けれども一番伸びたのは、俺自身の格闘技術だと思う。人の急所だけでなく肉体に関する知識の深いローから手解きを受けた事で、能力者でなければ覇気使いでもない相手なら気絶させるにもあまり苦労しなくなった。
 やたらに暴力を振るって相手に後遺症が残ったり、そのつもりではなかったのに最悪死に至らしめてしまえば俺が精神的に辛いので此処半年ぐらい少なくとも海兵に対しては割と穏便な戦い方をしてきたのだが、そうしたらしたでたしぎには良い顔をされなかった。

 軍隊がそもそも実力主義だろうし、武勲を獲得してなんぼの世界なのかもしれないが、殉職して階級特進するより生きている方が幸せだろうにと俺は思ってしまう。
 文字通り敵同士ではあるけども、歳の近そうな女性に本気で睨まれたのは何となく後味が悪い。出来ればたしぎと今後刃を交える機会は来ないで欲しいなと思ったところで「円」の中に人間二人の気配が引っかかり、その儘この部屋へと淀みなく進んで来たので「円」を解除した。

「アルト、出るぞ」
「え、急だね」

 扉から顔を覗かせたローの意外な一言に、慌ててベッド脇に置いていたブーツへ足を突っ込む。
 手荷物は無い為ファスナーを上げて早々にローの元に向かうと、廊下にはやはりスモーカーが居た。彼が話の分かる人物でなければもっと此方に不都合な事態になっていた可能性は高いので、素直に感謝の意を込めて軽く頭を下げる。

「中将さん、今更ですがお世話になりました」
「………、おいロー、こいつァ普段からこんなんか」
「そうだな。相手は選んでねェ」
「…、ったく。ほら、とっとと海へ帰れ。今となっちゃこっちが出せんのは口ぐれェだからな」

 珍妙なものを見る眼差しで俺を見下ろしたスモーカーが片眉を上げながら問うた言葉に、ローが間を置かず小さく頷く。こんなんってどんなんだ。
 何故ローはスモーカーの言わんとする事が解ったのか不明だし褒められたとも貶されたとも判断しにくい会話だが、スモーカーの最後の言葉に意識を逸らされた。

 首を捻ってローへ顔を向けると、灰色の瞳が僅かばかり細められてその口角も少しだけ上がる。つられて俺も自然と口元が綻んだ。

「報は明日の朝刊に載る。が、てめェの加盟方法は異例だ…イカれてると言った方が正しいか。元帥は何も言わなかったかもしれねェが報道内容は少なからず弄られる。てめェの評判が落ちるのはこっちにゃ関係の無い事だが、ンな男を政府直下機関に引き入れたとなりゃ軍の株まで下がりかねねェんでな…。後から文句言うなよ」

 相変わらず白煙を燻らせる葉巻を咥えているスモーカーの低音が鼓膜を揺らす間に、ローが片手を擡げて急速にサークルを高範囲へ展開させる。
 一応は海軍サイドの立場となったローの言動に逐一口を出す気はないのかスモーカーは特に表情を変えずに言葉を続けるが、人のざわつく気配が空気を伝って多少感じられた。慎重に見えてやる事が派手な時の在るローだが、今回のこれは再び海軍本部内を歩くのが面倒なだけだろう。

 廊下の端々に此方を窺うような挙動の海兵達が現れ始める中、ローに片腕を掴まれて隣まで引き寄せられる。
 横目に見た顔には、俺へ見せたものと違って冷ややかさの混在する笑みが浮かんでいた。

「紙面越しの幼稚な攻撃で満足するなら好きにしろ、と上役連中に伝えておけ。"シャンブルズ"」

 またそういう事を、と思えど仲介に入る間もなく周囲の景色が変わる。
 果たしてスモーカーが素直にローの発言を他者へ告げるのか、或いはより改悪した台詞にするのか、はたまた口を閉ざすのか、俺達は知る機会の無い事だ。

 



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