それからは只々、天変地異の連続でしかなかった。 津波が突如氷結したかと思えば直後には湾内の海表面までが一面分厚い氷に覆われ、湾頭の砲撃台と海賊艦隊のそれぞれから一斉に大砲が放たれ始める。 人の手からレーザーに酷似した光弾が撃たれ、身体を蒼い炎に包まれる鳥が生身でそれを受け止めてみせ、直径五から六キロメートルもありそうな氷塊が宙を舞えば無数に降り注ぐ火山弾が相対して消し飛ばす。 一つ一つが目測で最低三メートル以上あるだろう火山弾は墜落した傍から炎を撒き散らして範囲を拡げ、ものの数秒であちこちに火の手を生んだ。 これらの光景全てが、人間の意思と能力によって作り出されているのかと思うとぞっとする。どの攻撃が誰の能力による物なのかペンギンに説明を挟んで貰いながら観覧を続けているが、天災を随意に起こせるだなんて人が持つにはあまりに過ぎた力に思えて単純に恐ろしい。 ハンター達が自らの戦闘センス、格闘能力、知略と念能力を絡め、且つ制約と誓約を念頭に置く戦い方を基盤としているからこう感じるのだろうか。 戦術の読み合いなど一切無い、圧倒的な力だけでの蹂躙や虐殺が可能な場面はハンター同士の戦闘においても生まれ得るが、それは修業と鍛練の賜物が呼ぶ結果である事も少なくない。 「……こんな光景が有り得るんだな」 「とんでもねェよなァ」 「中堅以上の実力者はどっちの陣営も軒並み悪魔の実の能力者だしな、異能合戦みたいな所もある」 しかしこの世界は、悪魔の実を食べた者が自動的に他より頭一つ分飛び出る印象だ。 ハンターと一般人の間にも明らかな差はあるが、ハンターは一朝一夕でなれるものではない上、ライセンス獲得の為の選定試験に合格しただけだと実質の実力は一般人に毛が生えた程度としか見なされない。 相応の努力をして念を習得し、プロを名乗れるようになっても、その内の大半は更に努力を続けなければ衰えるばかりである。 世界の仕組みがそもそも違うのだ。 承知していたつもりだが、俺の認識が甘かった。海軍の上級将校、並びに億越え賞金首との交戦経験がない事で何処か油断と楽観もあったかもしれない。 数多居る将校や海賊達の顔と名前を暗記出来ていないので画面の中で入り乱れる男達の判別は難しいが、戦争が終わった後に生き残った彼等が今後等しくローの敵かと思えば、頭が痛くなりそうだ。 「…それでも全員、人間なんだよな」 この世界には、全ての人間の体内に流れる生命力を顕在化させようという発想も概念も存在しない。その点で俺は彼等より半歩先を行っている、と考えるのは自惚れが過ぎるだろうか。 流石に氷やマグマのような自然現象の使い手に生身で応戦するのは厳しいが、俺の努力次第では「凝」と「堅」、「硬」の精度を高めて使い分けられさえすれば、敵からの物理攻撃を無効化とまではいかなくとも、威力を大きく殺せる可能性も高まる筈だ。 「それはそうだが、……アルト、どうした?」 「うん? どうしたって何が?」 「いや、随分難しい顔をしていると思ってな」 「…中継映像とは言え、戦争を目の当たりにしたのは初めてでさ」 俺の顔を見て首を傾げるペンギンの真似をして首を捻るとそんな言葉が返ってきた。今しがたの思考の中身ではないが嘘でもない返事を寄越して、腿に立てかけてある黒刀を見下ろす。 戦争が終結した後ハートがどういった行動に出るのかはローの決断を聞くまで分からないが、いずれにせよ俺個人は内在オーラの総量を増やす修行を一層積むべきだろう。 自分のオーラ量を増やすには地道な基礎訓練を繰り返すしかない。出来る事ならオーラ移動の練習も日課にしたいが、ローに剣術を習う必要もあるので暫くは両立は難しいかもしれない。 「…麦わら屋、」 「えっ?」 ローが落とした呟きに思わず顔を上げる。画面から目線を外して思案に耽っていたのは数分程度だと思うのだが、その間に戦況は大きく変わりつつあった。 湾内の中心に浮かぶ、船体が真ん中から二つに割れた軍艦の上に、確かにシャボンディで出会った"麦わら"のルフィが居た。 知人を目にするとは思っていなかったので驚いた次の瞬間、軍艦の傍で閃光を伴う爆発が起こって眩しさに瞳を細める。 どうやってルフィがあの場に現れたのかは見逃してしまったが目的は他の海賊と同じらしく、直ぐに敵陣の中へ突っ込んで行き姿が視認出来なくなった。 『何をしてる、たかだかルーキー一人に戦況を左右されるな! その男もまた未来の"有害因子"! 幼い頃エースと共に育った義兄弟であり、その血筋は"革命家"ドラゴンの実の息子だ!』 「…マジかよ、ドラゴンに息子なんか居たのか!?」 「あの親にしてこの子か…」 「つーか"火拳"と義理の兄弟とはなァ。だから戦争に参加したのか」 前触れなく響いた元帥の音声に、眼下の民衆のざわめきが途端に大きくなった。併せてクルーの皆も身を乗り出すようにして画面を見つめる。 だからと言って電伝虫の映す画がルフィだけに焦点を合わせる訳もなく、相変わらず液晶の中は炎と黒煙が立ち込める。 そうして暫し闘争の映像が流れ続け、十数分が経過しただろうか。 最初から処刑台だけを映し続けている画面内で、元帥の登場に伴い脇に退いていた斬首執行役と思わしき海兵が再びエースの両隣に立つ。 処刑時刻まで大分時間がある中での動きに強い違和感を覚えるも、別の画面に映り込んだ物に自分の眉が寄るのが解った。 「何だありゃ、この間の…!」 「キャプテンあれ!」 「ああ、観てる」 湾内と海が繋がる位置に、シャボンディで破壊したあのロボット兵器が横一列で十体以上並んでいた。それ等が身軽な動きで手近な軍艦の上へ跳び乗ったかと思うと間髪入れず爆撃を開始した光景に、あのレーザーに撃たれた事が思い出されて苦い気分になる。 「あ!」 「何だァ?」 突然、三つある液晶の左右の画面が暗転した。電源を強制的に切ったような不自然な切れ方に幾らか戸惑う。エースの処刑の模様も伝える為の中継通信でもあるだろうに、このタイミングで念波が切れる意味が解らない。 カチャ、と小さく硬い物音が聴こえる。目線を横へとずらせば、ローが椅子には座った儘で鬼哭を自分の肩へ立てかけるように抱えた所だった。 back |