「ったく、覇気が使える事も言わねェで、麻痺を狙うっつった癖に単独で始末付けに出やがって」

 "覇気"とは気迫を指すあの言葉の事だろうか。
 先ず使うものではないだろうし、使った覚えもないのだが、鬼哭の鞘に巻かれていた飾り紐を解いて俺の腿へ縛りつけながら言うローの顔は不機嫌ながらも真面目だ。能力者や悪魔の実のような、此方の世界で独自に流通している概念か何かかもしれない。

 芝生へ座り込んだローの傍らへ移動させられた俺はその場に横たわった儘、既に大分血を失ってはいるものの応急措置を受けている。
 恐らく通常であればそれなりの痛みを感じているのだろうが、抉られた傷の方が余程痛くて止血箇所には多少の圧迫感しか感じない。

 胸部が忙しなく上下し、汗が止まらずにこめかみや頭皮を伝うのが分かる。怪我を負った直後よりも、明らかに頭の重たさと身体の倦怠感が増した。
 ローが話しているのだから答えたいのは山々だが、意識がふくらはぎで絶え間なく灼熱する激痛に拐われてまともに言葉を発せない。唇はただ空気を吸っては吐く事を繰り返すばかりだ。

 それを察してくれたのか、ローは一旦俺の脚から顔へ視線を移すと短く息を吐いて唇を閉ざした。

「…何だ。起こせば良いのか?」

 声を出そうとするより腕を動かす方がまだつらくなくて、手首を揺らしてジェスチャーをすると正しく汲み取って貰えた。
 肩甲骨の辺りへ腕が差し込まれて背中が若干浮く。更に膝が宛がわれ、少し勢いをつけて上半身が起こされた。流血による体力の消耗で身体へ力が入れられず肩からローに寄りかかってしまうが、注意もせず支えてくれる。

「海兵、っは、」
「ユースタス屋の一味とベポ達が相手してる。くま屋姿のロボットがお前に撃破されたんでな、軍の連中の統率が少なからず乱れて優勢だ。アイツ等が多少兵を取り逃がした所でこっちに近付けさせやしねェよ……お前はとにかく意識を保て。撃破した事自体は褒めてやる」

 息を吐くタイミングに併せてどうにか言葉を捻り出すと、随分安心出来る返事が寄越された。キッド達の加勢は少々意外だが、自船まで海兵に追われ続ける位なら敵と共闘してでもこの場で海軍側を掃討した方が良いと踏んだのかもしれない。

 それなら数分間は自由に出来るのだと思っても良いだろう。脚を見下ろせばふくらはぎの一部が服諸とも丸く欠損し、湧き出した血が膝から足首までの範囲をぐっしょりと濡らして衣服の色を変えている。

 ローの鎖骨付近へ頭を預けさせて貰いつつ、深く外気を吸い込んでから息を止め、気力をかき集めて両手にオーラを集めると掌で左右から患部を囲った。
 先に"香辛料無差別配布(ビビッドシャワー)"を用いて患部全体へ麻痺を強めに施し、痛みの和らぎを実感してから一旦オーラを打ち消して、再度両の掌だけに集め別の「発」──"見えざる繭(ソフトプリズン)"を発動する。

 対象をオーラで包む「周」の技術を用いて発動させる、変化系に強化系と操作系の要素を複合させた技だ。オーラで覆った部分の細胞分裂や血小板の凝固など、自己治癒の速度を強制的に操作して早め、皮膚の再生や止血を行う。
 込めるオーラ量を増やせば筋肉組織の再生も可能だが、軽度の怪我を修復する場合に比べて当然オーラの消費が激しい。とは言え今は躊躇うべきではないだろう。

 治す範囲や程度に関係なく、この能力が使用出来るのは一日三回まで、且つ発動継続時間は一回につき最長で三十分という制約がある。
 潜在しているオーラ量が豊富とも言えない俺が、変化系と相性の良くない操作系の要素を混在させた、且つ発動に手間の要らない「発」を扱う為には使い勝手に難のある条件を設定するしかなかったのだ。

「キャプテン、アルト大丈夫ー!?」
「今後に障る傷じゃねェ」

 ベポが懸念の声を上げてくれるのを鼓膜に入れる傍ら、レモンの果肉のような薄い黄色をしたオーラが傷口に被さってふくらはぎを一周する。
 程なくして先ず出血が止まり、脚を内部から誰かに揉まれるようなむず痒い感触を伴って少しずつ修復が始まった。
 体感としては自分が内包しているオーラの六割を治癒に宛がっているので、脚を貫通してはいるが直径自体は三センチに満たない穴ならあと数分で塞がる筈だ。

 武器のぶつかり合う硬い物音や怒号を背に聞きながら念を使うのは集中力を要するが、うっかり「発」状態を解いてしまえば使用回数を無駄に減らしてしまう事になる。

 なるべく手元に意識も目線も固定するよう心がけ、更に幾らか時間が経って内部の再生が進み、薄いピンク色をした肉が内側から穴を塞ぐように盛り上がってくる様子が見えた所で隣のローが身動ぎする気配を感じた。

「……そう言や、疲労回復とは別に治癒の力もあるとは前に言ってたな…」
「色々制限はあるんだけど、身体の自己治癒を細胞単位で早送りするような能力なんだ。治せるのはあくまで怪我に限るし、患部を元通りにするような都合の良い能力じゃないから、例えば……複雑骨折とかした場合に俺の力を使ったら、骨の欠片を体内に残して大元の骨が再生するみたいなリスクもあるけど」

 図書館で俺が話した内容を覚えていたのか、傷が塞がりゆく様を見下ろしたローが何処か思案気に瞳を細めながら呟いた事柄に頷く。

 流血の所為で倦怠感はあるものの、やはり痛みを感じない影響は大きい。汗は止まったし喋る事も苦ではなくなった。そろそろ"香辛料無差別配布(ビビッドシャワー)"の効果が切れるだろうが、この調子なら歩行に問題は無い。

「アルト。お前のそれは、危機感を低めるんじゃねェのか」

 数メートル離れた場所で仲間が戦っているのだから気を緩めはしないが、怪我がどうにか制限時間内に治りそうな事には少なからず安堵が湧く。
 引き続き発動を行う最中投げられた言葉に、見えない糸に釣られるようにして自然とローの方を向いていた。

 



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