企画 | ナノ

 なぜこのタイミングで、と私は項垂れた。体温を測り終えた体温計には、三十八度という数字がきっちりと刻まれている。じわじわと熱があがってくるような感覚もあり、私は掌をおでこにあてる。熱い。はあ、と重苦しい溜息も熱っぽい。だが、今日だけは休むわけにはいかないのだ。こっそり制服に着替え、こっそり家を出ようとしたところで――がしり、と襟首をつかまれた。

「風邪ね。休みなさい」

 後ろを振り向くと、笑顔だが有無を言わさぬオーラをまとったお母様が仁王立ちで私の襟首をしっかり掴んでいた。母に「殺生な!」と縋り付くが、「はいはい」と取りつく島もない。そのままずるずる寝室まで引きずられ、ぽいっとベッドへ放り投げられた。母は見た目とは裏腹に怪力だ。
 あの様子じゃ学校なんて絶対に行かせてもらえないだろう。私は渋々制服を脱ぎ、再びパジャマに腕を通した。携帯を鞄から取り出し、「はぁ〜〜〜」と長い溜息を吐いた後、ぽちぽちとメールを打った。


 それから母におかゆを作ってもらったり、ゼリーを買ってきてもらったりと看病してもらった。風邪を引いたのなんて十年ぶりだったので、何だか居心地が悪い。だがそのおかげで薬も利き、朝に比べると大分熱も下がった。このまま安静にして明日こそ学校に行くんだと意気込んだ私は、とりあえずゆっくり寝て体力を回復しようと考えた。

「ん……」

 不意に目が覚め、時間を確認するために携帯に手を伸ばす。あれ、いつも枕元においてあるのに……と手を動かしていると、

「これ?」誰かが私の掌に携帯を置いた。

「えっ!?」

 母のものではない声に、私は飛び起きた。眠気も一気に覚め、ぱちぱちと忙しなく瞬きを繰り返す。
「あ、起きた」へらりと笑った人物に、さらに私は飛び退いた。何故ならそこに座っていたのは、今日一日ずっと会いたい人だったからだ。「な、な、な、なんで……むっくん……!」

「さっちんがー、名前ちん風邪だって教えてくれたから」

 来ちゃった、と首を傾げるむっくんはとても可愛かった。反面、私は寝起きのパジャマ姿。急いで毛布を手繰りよせ、体を覆うように隠す。髪もぼさぼさだが、手櫛で整えるしかなかった。

「だ、だからって……! あ、そうだ、お母さんは?」
「買い物行くから、名前のことお願いねって言われたんだー」

「びっくりした?」と尋ねるむっくんに、私はもう何からつっこんだらいいのかわからず手で顔を覆った。とにかく、すごく恥ずかしい。思春期の女の子はとても繊細なのだ。
 むっくんは私の様子を察したのか、ぽんぽんと大きな掌で頭を撫でた。「ごめんね。どうしても今日、会いたかったから」
「……!」そういわれたら、許すしかなかった。だって私も、すごく会いたかったから――そこでようやく、私は彼に伝えなければならない言葉を思い出した。

「む、むっくん! お誕生日おめでとう!」

 風邪のせいで喉は掠れ、そのうえ鼻声だ。さらに頬が赤くなったけど、でも、どうしても言いたかったのだ。いきなり大声を出したのでむっくんはちょっとびっくりしてたけど、すぐに「ありがとー」と笑顔を返してくれた。そしてそのまま私の体を引き寄せると、ぎゅうと抱きしめた。

「え、ちょっ、むっくん……!?」
「俺、ずーっと名前ちん待ってた」

 首筋に顔を埋めて喋るものだから、くすぐったかった。いやむしろ、汗くさいから離れてほしい。けれどむっくんは頑なに離れようとせず、むしろ逆に腕の力を強めてより密着してきた。「名前ちんにおめでとうって、言ってほしくて」

「か、風邪ひいて……ごめんね……」

 おずおずと背中に腕を回すと、ぴくりとむっくんの背中が揺れた。「ほんとだし」
 明日はちゃんと学校行くから、と告げるとむっくんは私からちょっと体を離し、一瞬だけおでこ同士をこつんとくっつけた。そんなに熱くないね、と呟くむっくんに、私は何が起こったのかわからず停止してしまう。

「な……っ!?」
「んじゃ、そろそろ俺帰るね」

 私が口を挟む間も与えず、むっくんはさっさと私を解放すると部屋から出ていった。ちらりと髪の隙間から見えた耳が真っ赤だったのは、私の見間違えだろうか。
 頬に両手をあてて、私は布団に潜り込んだ。明日も熱が下がらなかったら、むっくんのせいだ。

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