企画 | ナノ

「紫原どこ行ったあああああ!」

 突如響いた怒声に、陽泉高校バスケ部の面々はまたかと溜息を吐いた。

「ちょっと目を離した隙に! あの野朗!」

 地団太を踏んで憤慨するマネージャー、苗字名前に、同じ学年である氷室が「落ち着いて」と宥める。

「何が落ち着いて、よ! 大体氷室くんもねぇ、紫原係なんだからちゃんと見張っててよね!」
「え、俺もだったの」

 だが、逆に火に油を注ぐだけだったようだ。『紫原係』というのは誰が言い始めたのかはわからないが、言葉の通り紫原に世話を焼いたり、迷子癖のある紫原を探し、すぐお菓子を食べようとする紫原を制したりする人物――それが、マネージャーである名前の仕事の一つだった。余談だが、チームメイトでは紫原と比較的仲の良い氷室が『紫原係』というのは、名前が勝手に決めたことである。

「あーもう、そろそろ監督が来るっていうのに……!」

 会議で部活に顔を出すのが遅れると事前に伝えられ、その後ミニゲームをするから絶対に紫原を逃がすなと暗に言われた

名前は深い溜息を吐いた。このまま監督が来るまで紫原を見つけられなければ、確実に怒られる。だが練習に励む選手達に探すのを手伝わさせるわけにもいかず、名前は「ちょっとその辺探してきます」と主将である岡村に告げた。「おう」と岡村の返事を聞く前に体育館から飛び出していく名前の背中に、残された岡村達は苦笑を浮かべた。

「ったく、相変わらずだよなぁ」
「騒がしいアル」
「あの二人は仕方ないわい」
「ですね」

 呆れたように、けれどどこか暖かく見送る視線など名前は全く気付かなかった。



 教室、購買、食堂……いそうな場所をしらみ潰しに探していくが、一向にあの巨体が見つからない。二メートル越えの男など簡単に見つかりそうなものだが、いざ探すとなると見当たらないのだから不思議だ。すれ違う友人に尋ねてみても、「見ていない」としか返ってこない。時計を確認すると、そろそろ会議が終わる時間だ。どうしたものかと頭を抱え、ふと一箇所だけ探していない場所があるのに気がついた。「屋上……!」
 階段を駆け上がり、息があがる。だがこれぐらい、マネージャーとして日々走り回ってる自分にとっては屁でもない。屋上へ続く扉を開き、周囲を見渡すと、長い足が無造作に放りなげられているのを発見した。

「いたー!」

 すぐさま駆け寄って顔を確認する。スポーツマンのくせに長い紫色の髪に、尋常じゃない手足の長さ。何故か胸にまいう棒の詰め合わせを抱え、探し人である彼はすやすやと眠っていた。
「起きろコラァ!」頭をべしべしと叩いてやると、「ん〜……」と鬱陶しそうに手を振り払われる。その仕草がさらに名前を苛立たせ、先程よりも大きな声で叫んだ。「早く起きないとお菓子没収するよ!」

「……それは勘弁〜……」

 ようやくのそりと起き上がった紫原は、寝起きだからだろうか、何度も瞬きを繰り返して大きく伸びをした。その様子から随分ここで寝ていたんだな、と名前の額に青筋が浮かんだ。「紫原く〜ん、今は何時でしょう?」
「え、うーん……」紫原は暫し宙を見て考え込んだ後、へらりと笑った。「わかんない」

「もうとっくに部活が始まってる時間だバカ! さっさと行くよ!」
「いたた」

 容赦なく背中を蹴ってくる名前に、紫原は渋々といった様子で立ち上がった。コンクリートの上に寝転がっていたため、制服は皺だらけでゴミもくっついている。名前は「汚いなぁ」と紫原の背中を叩いてやると、「ありがとう」と気の抜けたお礼が返ってきた。

「名前ちんはさぁ、いいお嫁さんになるとおもうよー」
「は? 何いきなり」
「なんとなく」

 どことなく機嫌が良さそうな紫原に疑問符を浮かべ、名前はふと思いついたように言い放った。「紫原のお嫁さんになる人は苦労しそうだね」
「えぇー」紫原は心外そうに名前を見下ろした。「でも名前ちんなら大丈夫だよ」

「はあ? あのね、今だってあんたに苦労して……」

 ピタリと名前は足を止めた。待て、今なんかおかしいところはなかったか。先程の紫原の言葉をゆっくりと反芻し――「え!?」仰天した。

「ちょっちょっと待っ、い、今のどういう意味で」
「あ、まさ子ちんが竹刀もってこっち見てるー」
「エッ」

 その後紫原はこってりと荒木監督からお説教を食らい、名前は全く仕事が手につかず、一部のチームメイトにからかわれることになった。

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