企画 | ナノ

 ぴんぽーん。インターフォンの軽快な音に、情けなくもびくりと肩を揺らしてしまった。そのまま居留守を使おうと息を潜めていたのだが、来訪者は私が家にいるのを確信しているのか、ぴんぽんぴんぽんと連打してきた。このままではインターフォンを破壊されそうな勢いだったので、というかうるさかったので、渋々立ち上がってチェーンを外し鍵を開ける。扉の先には、見上げなければならない程の巨体が。

「……また来たの、紫原くん」
「さっさといれてー」

 そういいながらも私を押しのけ、我が家のように彼は靴を脱ぎ、当たり前のように室内へと進んだ。ここ私の部屋なんだけど……と言っても聞きやしないので、もう好きにさせることにした。彼はその身長に見合わず子供っぽいところがあるが、お茶菓子を出せば大人しくしている。私は「何飲む?」と尋ねると「ココア」と間髪いれずに返ってきた。
 牛乳を鍋にいれて火をかける。その間彼は何をしているのかというと、何もしてない。ぼーっとしてたりごろんと寝転がってたりする。何しに来てるんだろう。ココアとお菓子をせびりに来ているのか。

「はい、どうぞ」
「わぁい」

 紫原くん好みの甘いミルクココアを作ってやると、パッと花が咲いたような笑顔で「ありがとう」とお礼を言われた。大事そうに両手で抱えて、ふうふうと冷ます姿に母性本能をくすぐられのだろう。かくいう私も、紫原くんを突き放すこともできずにこうして毎度部屋へ居れてしまうのだ。恐ろしい高校生である。

「それ飲んだら帰るんだよ。おねえさんは忙しいからね」
「ニートのくせに?」
「ニート違う! フリーターだって何度いわせんの!」

「似たようなもんでしょ〜」とへらへら笑う紫原くんに手刀を食らわす。「いてっ」

「ニートは働かない親のすねかじり、フリーターは働きたいけど働き口がなくバイトでなんとか生活してるの! 全然違うでしょ!」
「ふぅん、大変だねぇ」

 ちびちびココアを飲む彼にそう言われて、どっと疲れが押し寄せてくる。確かに大変だけど、そんな気の抜ける風に言われると……いや、うん、紫原くんだから仕方ない。
 けれど、早く帰ってほしいのは本心だ。実は私と紫原くんは同じマンションの住人で、主婦のおばさま方は最近リストラされた私の存在を実しやかに噂しており、そんな私の元へ高校生が入り浸っていると知れたら――想像するだけでも恐ろしい。

「……そんなに、俺と一緒にいたくない?」

「えっ」突如落とされた呟きに、私は固まった。紫原くんはどこか拗ねたようにムスッとし、ゆらゆらマグカップを揺らしている。その様子に、世間体を気にするあまり彼を邪険に扱ったことに気付いた。

「あー、えと、ちがうのよ。そういうことじゃないの」

 私はこめかみを揉んで、この大きな子供にどう説明したもんかと頭を捻った。自慢じゃないが、あまり頭は良いほうではないのだ。

「変な噂がたったら迷惑でしょ? ほら、紫原くんの彼女とかに誤解されたりでもしたら……」
「彼女いねーし」
「あ、そうなのっていやそういう問題じゃなくてね!?」

 ああ、もう、なんて言ったら伝わるのだろう。私がうんうん悩むのと比例するように、紫原くんの機嫌は下降していってる気がする。ずずずと音をたててココアを飲む彼は、まるでへそを曲げた子供のようだった。
「迷惑なの」かちゃ、と空になったマグカップをテーブルに置き、紫原くんは私を真っ直ぐに見つめた。「俺がいたら、迷惑?」

「め、迷惑、っていうか……」

 彼の視線に気圧され、私は俯いた。ふと視界が陰り、顔を上げると大きな体が私を見下ろしていた。いつの間に距離をつめられ、逃げようにも体の脇に手をつかれ抜け出せない。「ちょっ、」立ち上がろうと足を動かすと、その隙間に膝を差し込まれた。

「俺は迷惑なんかじゃねーし」

 ぞくり、と腰が跳ねた。眠たげな伏し目は熱を宿し、囁く声はいやらしく鼓膜を振るわせた。誰だ、大きな子供だなんて言ったのは。目の前にいる紫原くんは、まぎれもない『男』だった。

「ねえ、二人で噂になろうよ」

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