企画 | ナノ

 敦くんはおばあちゃんが大好きです。彼の両親は共に働きに出ており、幼い彼はたった一人の祖母の元へあずけられることはしょっちゅうでした。

「おばあちゃんにわがまま言って困らせたりしないのよ」

 祖母の家に連れて行かれるとき、敦くんのお母さんは決まってそう言います。わがままを言って困らせる、とはどういうことだろうと敦くんは首を傾げましたが、返事をしないと大好きなお菓子を取り上げられてしまうので、「はぁい」と頷くのでした。

「あらあら、あっくん、よく来たねえ」

 おばあちゃんはいつも門のところに立って敦くんを出迎えてきてくれます。敦くんが一目散に駆け寄ると、おばあちゃんは「また大きくなったね」と頭を撫でてくれます。敦くんはおばあちゃんの、しわくちゃな掌が大好きでした。
「お義母さん、よろしくお願いします」「はいはい」義務的なやり取りを終えたお母さんは、腕時計を確認しつつ車に乗り込み仕事場へと急ぎます。敦くんはお父さんとお母さん、どちらがおばあちゃんの元へ自分を送っていくかで喧嘩したことを知っていました。小さくなる車に向かって「ごめんなさい」と謝ると、おばあちゃんは何も言わずに抱きしめてくれました。おばあちゃんの割烹着からは、洗剤や美味しそうな匂いと、それからなんだか懐かしい匂いがしました。

「今日はあっくんが来るって聞いたから、おばあちゃんがんばったんだよ」

 茶の間に置いてある机の上には、旬の野菜を使った料理が色とりどりに並べられていました。おばあちゃんは畑で野菜も作っているのです。形はよくないけど、スーパーで買う野菜よりもずっと美味しいのです。敦くんはおばあちゃんの手料理が大好きでした。
 手を洗ってうがいをして、お茶碗にご飯をよそって、箸を並べて。二人では大きく感じる机に腰を下ろして、「いただきます」と手を合わせて敦くんは箸を伸ばしました。と、そこですかさずおばあちゃんがピシャリといいました。「あっくん、お箸の持ち方はこうよ」
「ん」慌てて敦くんは箸を持ち直しました。危うい手つきですが、おばあちゃんはにっこり笑って「どうぞ」と料理を差し出しました。お母さんと違って、おばあちゃんは怒りません。ほっと胸を撫で下ろし、敦くんは肉じゃがに手をつけました。

「あっくん、おいしい?」

 口をもごもごさせておいしいと告げると、おばあちゃんはまたピシャリと「口に物を入れてしゃべらない」と言いました。慌てて敦くんは飲み込もうとしましたが、喉につまらせてしまいます。「あらあら」おばあちゃんは困ったように麦茶を差し出し、敦くんの背中をさすってあげました。

「ごめんねぇ。ばあちゃんが急かしたからだね」

 しょんぼり肩を下ろすおばあちゃんに、敦くんは違うと首を振りました。ぼくがわるいんだよ、と言うとおばあちゃんは何だか悲しそうに顔を歪めました。お母さんはいつも敦くんが悪いと怒ります。だから、おばあちゃんにこんな顔をさせるのは自分が悪い子だからだと、悲しくなりました。
 デザートの葡萄を食べ、敦くんは食器を片付けるのを手伝いました。おばあちゃんは大丈夫だと断りましたが、お母さんからおばあちゃんの手伝いをするように言われているのです。そう告げると、おばあちゃんは「じゃあお願いしようかね」と笑顔を見せてくれました。

「あっくん、最近スポーツやってるんだってね。ばすけっとぼーるっていう」
「ん、ミニバスやってんの」
「楽しいかい?」

 楽しい、と訊かれて敦くんは答えに困りました。友達に誘われて何となく始めたバスケットボールは、正直楽しいか楽しくないのかわかりません。けれどそう告げると、おばあちゃんはまた悲しそうな顔をするような気がしたので、「たのしいよ」と嘘をつきました。
「そうかぁ。それはよかった」おばあちゃんは自分のことのように嬉しそうに笑ってくれました。敦くんは嘘をついたことで罪悪感でいっぱいになりましたが、それを隠すように顔に笑みを貼り付けました。

「あっくんが頑張ってる姿、見たいなぁ」

 ぽつり、とお皿を洗いながら言うおばあちゃんが、急に小さく見えました。背丈はそう変わらず、目線は敦くんのがちょっと上です。いつの間に追い越したんだろう、と敦くんはちょっとびっくりしました。
「見にくればいいじゃん」敦くんがそう言うと、おばあちゃんはそうだね、と頷きました。「見に行きたいね」

「今度の日曜、試合あるし。俺、ばあちゃんのためにダンクきめるから」

 敦くんの言う「ダンク」をおばあちゃんはよくわかっていませんでしたが、「そりゃすごい」と敦くんの頭を撫でました。おばあちゃんの手はしわくちゃで、枯れ枝のようだと敦くんは思いました。



「でも日曜日、ばあちゃんは来なかった。一度も来てくれなかった」

 決して離すまいと、ぎゅうぎゅう繋いだ手を握られた。名前は自分よりも頭一個分以上ある紫原を見上げた。彼の鼻の頭は真っ赤で、目元は長い髪で覆われて見えない。ちらちら覗く耳が真っ赤なのは、きっとこの寒さのせいだろうと名前は思うことにした。実際、紫原の指は凍えるように冷たかった。
 一緒に帰ろうと誘われた帰り道、どうして彼が自分にこんな話をしてくれたのかはわからない。気まぐれかもしれないし、違うかもしれない。

「ね、紫原くん」
「なーに」
「うちおいでよ。肉じゃが作ってあげる」

 親戚から葡萄も貰ったんだよ、と言うと、紫原は「じゃあいくー」とぐいぐい名前の家の方向へと急いだ。
 肉多めでと言う紫原に、名前はわがままめと軽く蹴りをいれた。きっと彼のおばあさんが作った肉じゃがには程遠いだろうが、一生懸命作れば、彼は美味しいと言ってくれるだろう。

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