企画 | ナノ

 お邪魔しまーす。間延びした声に、思わず布団を頭から被った。
 トントンと階段を上がってくる足音は、迷うことなく私の部屋へと向かっている。部屋に鍵がついていれば奴の侵入を防げるのだが、不運なことに私の部屋にはそんなものついていない。入れないようにバリケードを作っても、奴の力は常人とは比べものにならないほど強いので、最悪扉ごと破壊されて終わりだ。そうすると私が両親から怒られるので、唯一抵抗する術といったらこうして布団に潜るしかなかった。

「あれー、まだ寝てんの?」

 がちゃり、とノックもなしに入ってくる無遠慮さに内心舌打ちする。さらに布団越しに「ねー起きてー」と揺すってくるものだから、フラストレーションは上がりまくりだ。だがここで奴の挑発に乗るのは負けた気がするので、私はじっと貝のように我慢を「起きてるんでしょ?」していたら強引に布団を捲くられた。

「何すんのよ!」
「やっぱ狸寝入りだぁ」

 へらへら笑う姿に、苛立ちは募る。ベッドの脇に座りこみ、大量のお菓子が入ったコンビニ袋を漁る。家に来る前に寄ってきたのだろう。新作だという様々なお菓子をベッドに一つずつ並べ、「なに食べる?」と尋ねてきた。誰も食うなんて言っていない。

「あのね、紫原……」
「アララ〜この新味はなかなか……」
「聞けよ! ていうか人に聞いといて先に食うなよ!」

 地団太を踏むと、埃立つからやめてと注意される。誰のせいだ。
 ぎりりと歯軋りをしていると、いきなり頬を掴まれお菓子を突っ込まれる。「げぼ!?」歯に当たったが、それでもぐりぐり押し付けてくるのでたまらず口を開けたのがまずかった。喉の奥にまいう棒があたり、げほげほとむせ返る。

「なにゲフッすんゴッホのよゥエッホ!」
「名前ちん何言ってんの?」

『特大』とかかれたパッケージの袋を開けつつ首を傾げる紫原。見てるだけで食欲が失せる量だ。傍らにおいてあった温くなった紅茶を一気飲みし、「いきなりお菓子人の口につっこまないでよ!」と奴の頭を叩いてやった。だが紫原は何故叩かれたのか分からない様子で、「おいしいからあげたのに……」と唇を尖らせた。世の女性は母性本能がくすぐられるのだろうが、私は違う。腹立だしい怒りしか込み上げてこない。当の本人は、首を傾げながらお菓子を貪っている。「おいしいのを誰かと共有したいってのは、おかしいこと?」

「やり方があるでしょうが」
「ふぅん」

 理解したのか、していないのか……いや、これは理解していないだろう。ぺろりと指を舐め、私の顔をじいっと見つめる。床に座る紫原は、必然的に私を見上げるような体勢だ。眠たげな瞳に見透かされそうで、私は居心地が悪かった。
 なに、と尋ねると紫原は無言で私の手首を掴んだ。「ちょっ」スナック菓子の油でぬるぬるする指が不快で、すぐさま振り解こうとする。だが紫原は一向に離す気配がなく、力が弱まらない。腕力で勝てるわけがないので、私は早々に諦め腕の力を抜いた。「なんなの、もう……」

「俺さ」

 不意に口を開いた紫原に、私は目を見開いた。今まで聞いたこともないような、低い声に背中がぞくりと震える。紫原はただ静かに私の目を真っ直ぐに見ていた。「秋田の高校に行くんだ」

「あき、た……?」

 あきたって、あの秋田か。東北にある秋田か。秋田の高校に進学って、ああ、そうか、スポ薦か。でもなんでいきなり。あれ、そういえば私たち、中三じゃん。受験生じゃん。
 ぐるぐると脳内で紫原の言葉が駆け巡る。心臓が急に音をたてて軋むように痛みだした。私の手首を掴む紫原に、この震えも伝わっているのだろう。「そっか」かろうじて紡ぎだした声は、掠れていた。「遠い、ね」

「ね、名前ちん。俺はね」 

 紫原はベッドに腰を下ろした。ギシリとスプリングが音を立て、奴の重みの分だけ沈む。肩が触れあいそうなぐらい近い距離だ。紫原は小さい子に言い聞かせるような優しい声で囁いた。

「学校に来てなんて言わないし、秋田についてきてっても言わないよ。でも俺、名前ちんと一緒にいたい。名前ちんと一緒にお菓子食べれなくなるの、さみしい」

 どんどん声は小さくなり、まるで今にも泣き出しそうにも聞こえた。ぎゅううと手首を掴む力が強まり、ちょっと痛かったけど、それ以上に紫原のほうが痛いんだろう。だから黙って紫原の好きなようにさせることにした。
 ――ずるい。私は唇を噛んで、あふれ出そうな何かを必死に我慢した。一緒にいたいとか、さみしいとか言うけれど、結局この道を選んだのは自分のくせに。私が何を言っても、離れていくくせに。

「卒業するまでの数ヶ月、名前ちんといっぱい居たい。お菓子食べたり、名前ちんに怒られてばっかでもいいから」

 名前ちんと一緒の思い出作りたいんだよ。
 膝立ちになって紫原の頭を抱えるように、抱きしめる。紫原は大人しくされるがままだった。私は紫色の髪に顔をうずめて、ごめんと呟いた。
 弱くてごめん。一緒にいれなくてごめん。でも、私も同じ気持ちなんだよ。だいすきなんだよ。
 弱弱しく、私の背に長い腕が回される。それだけで、気持ちが伝わった気がした。俺もだよ、と紫原が思ってくれていたらいい。

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