企画 | ナノ

 私には日課がある。自分よりも大きい巨人を日々観察することだ。巨人は「ムラサキバラ」というらしい。髪の色も紫だし、何より集団の中にいても頭一つ飛び出ているムラサキバラを見つけるのは容易いことだった。
 腹が減ったので何か食べるものはないかと町内を物色していると、コンビニから大きい袋を提げたムラサキバラと遭遇した。
「げ」私の姿を見るや否や、ムラサキバラは顔を歪める。まるで親の仇を見るような目だ。ムラサキバラはコンビニ袋を大事そうに抱えると、私を避けるようにそそくさと離れる。どうやらムラサキバラは、私に非常に苦手意識があるようだ。自分よりも何倍も大きい巨人から怖がられるのは、なんだか愉快な気分だった。ムラサキバラはあっという間に小さくなったが、私にかかればどんな距離もすぐ縮められる。気付かれないようにそっと身を潜め、ムラサキバラの同行を伺う。ムラサキバラが向かったのは大きな建物……名前は忘れたが、ここは確か学校ではなかっただろうか。

「アツシ! どこ行ってたんだよ!」

 手近な木に隠れると、真下から誰かの怒鳴り声が聞こえた。見れば、釣り目で茶髪の小柄な男――ムラサキバラと対峙しているためそう見える――がムラサキバラに怒っているようだった。「部活になかなか来ねぇと思ったら、また抜け出しやがったな!?」

「もー、福ちんうるさーい」
「あぁ!?」

 全く反省する素振りを見せないムラサキバラに、茶髪の男は今にも殴りかかりそうだ。するとそこで、「まあまあ」と宥めるように仲裁に入る黒髪の男が一人。

「落ち着いてください、福井先輩。アツシも勝手にコンビニに行っちゃ駄目だろ?」
「甘いんだよ、氷室」

 ヒムロという男は、一見優しげな風貌で容姿も整っている。異性に人気がありそうな男だが、こういうタイプは実はキレると怖かったりするのだということを私は知っていた。きっと彼も例外ではないだろう。ヒムロの登場のおかげでムラサキバラは注意されただけで練習を再開することができた。練習というのは、バスケットボールという球技のものだ。ムラサキバラは天才と呼ばれているらしくて、バスケットボールに詳しくない私が見ても上手いと感じさせる程だった。何のために練習をしているのか理解できないが、見ていて面白かった。
「お疲れさまでした!」何十人といる男が一斉に頭を下げ、うとうとしていた私はハッと我に返った。日は沈み、周囲はあっという間に真っ暗になっていた。暗くなるのが早いせいか、夏に比べると練習時間は短くなった気がする。そんなことをぼんやり考えていると、制服に着替えたムラサキバラが駆け足で移動しているのを見つけた。慌てて私も後を追う。

「名前ちん、待ったー?」

 ムラサキバラが辿りついた先には、一人の少女が立っていた。校門を背にしてぼうっと突っ立っていたが、ムラサキバラの声に弾かれるように振り向く。「敦くん!」
「ううん、大丈夫だよ」と笑う少女のほっぺは真っ赤だ。秋といえども夜になれば寒い。彼女の赤くなった頬や鼻の頭を見れば、寒空の下どれほど待っていたのか想像に難くない。

「ごめんね。寒かったでしょ」

 ムラサキバラが少女の頬を包むように手を当てる。彼女の頭をすっぽり掴めそうな程大きな手だ。さすが巨人である。少女はあったかーいと笑っており、なかなかの大物だと思った。
 暫く二人はそうして、囁くように一言二言交わしている。内容は、ここに記すことが恥ずかしくなるような会話だった。そうか、これが噂のばかっぷるとやらか。私が納得していると、ムラサキバラはバッグの中をがさごそ漁り、何かを取り出した。「はい、名前ちんにこれあげる」

「え? あ、これって前に私が食べたいって言ってたやつ!?」

 長方形の箱を大事そうに受け取る少女は、驚いたように目を丸くさせ「どうしたのこれ」と尋ねる。ムラサキバラは「ひみつ」と笑っていたが、私には見覚えがあった。その箱は、ムラサキバラが先刻コンビニから買ってきたものだ。
 少女が食べたいと言ったから、ムラサキバラは怒られるのを承知で練習を抜け出しコンビニへ向かったのだろう。寒い中、自分を待っててくれる少女にせめてものお礼として。
 ありがとうと嬉しそうにお礼を言う少女に、照れくさそうに体を揺するムラサキバラ。なんだかとても微笑ましい光景だ。「らぶらぶですね、お二人さん」声をかければ、ムラサバラがびくっと体を硬直させた。

「どうしたの、敦くん」
「んー、いや……なんか今、カァーって聞こえなかった?」

 なんか今日はカラスに縁があるんだよねぇ、ときょろきょろ辺りを見回す巨人に、私は押し殺すように笑った。これだから人間観察はやめられない。

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