企画 | ナノ


 紫原は昔から、「どうして背が高いの」とか「何を食べたらそんなに大きくなるのか」と数え切れないぐらい言われてきた。自分が回りよりも身長が大きいのは知っているが、何故ここまで大きくなったのかは知らない。今まで何を食べてきたのかと問われて、一番に思いつくのは彼の大好きなお菓子だ。素直に答えると相手は微妙な表情をするので、紫原はいつしか答えるのが嫌になっていた。だが最近、彼女のおかげで質問が変わりつつある。

「名前ちん、ご飯食べにいこー」

 独特の間延びした声に、名前と呼ばれた少女は俯きがちな顔をを上げた。机や椅子は標準的なサイズで、クラスの全員が使っているものなのに、名前が使用していると大きく感じ、全く別の物に見える。

「……行く」

 ガタガタと椅子を揺らして、早足で紫原の隣に立つ。小動物のようだ、と紫原はいつも思い頭を撫でたくなる衝動に駆られたが、前に一度やって機嫌を損ねたことがあったのを寸でのところで思い出す。名前が拗ねるとお菓子を貰えないのだ。
 今日は弁当を持ってきていないという名前に、紫原は「いっしょだー」とふにゃりと笑って食堂へ向かう。途中、同じクラスの黄瀬涼太と擦れ違った。「紫原っち、苗字さん!」

「なーに、黄瀬ちん」
「今からお昼ッスよね。俺も一緒に行っていいスか?」

 チームメイトの誘いに、紫原は頷きそうになってふと隣に立つ小さな旋毛を見下ろした。「名前ちん、黄瀬ちんも一緒でいーい?」
 丁度紫原と黄瀬の間に挟まれるように佇んでいた名前は、きょろきょろと交互に紫原と黄瀬を見比べると、黄瀬から隠れるように紫原の背に隠れた。「いい、よ」

「いいってさ。よかったねー、黄瀬ちん」
「え、えっ!? 何で隠れるんスか!?」

 狼狽する黄瀬とは裏腹に、紫原は自分のシャツを掴んで陰から様子を伺うように顔を出している名前の頭を撫でた。「名前ちんは人見知りだから」紫原が答えると、黄瀬は「人見知りっつーかめちゃくちゃ警戒されてるんスけど!?」と喚く。女の子にフラれたことがないと豪語する黄瀬に、名前の態度は少なからずショックを与えたようだった。

「苗字さん、俺別に怖くないっスよ?」
「あ、だめだめ。それ以上近づくと引っかれちゃうよ」
「猫かよ!」

 ミドちん前に引っかかれたんだよとふにゃふにゃ笑う紫原に、黄瀬は何とも言えない表情を浮かべた。「紫原っちと苗字さんて、本当仲良いっスよね」
「んー、まあ、ずっと一緒だったし」名前は相変わらず警戒心を隠しもせず黄瀬を見上げている。紫原は名前の頭をぽんぽんと撫でると、鬱陶しそうに手を振り払われた。その様子を見て黄瀬は「そういや幼馴染って言ってたっけ」と思い出す。
 そうこうしている間に食堂へ辿りついた三人は、食券を買うために列へと並んだ。昼時でだんだん混んできた食堂内に、黄瀬は「俺、席取ってるっスよ」とテーブルを指差す。代わりに日替わりランチを頼んでいて欲しいと告げ、黄瀬は一旦二人から離れた。

 それがつい数分程前の話だ。黄瀬は目の前に並ぶ料理に、頬を引き攣らせた。
 否、料理が問題ではない。食堂のおばちゃんが作る日替わりランチ――今日は白身魚のムニエルだ――は美味しそうな匂いを放っている。黄瀬が言葉を失ったのは、テーブルに並ぶ料理の数だ。ハンバーグからとんかつ、コロッケや焼き魚、唐揚げ、サラダ、煮物……見ているだけで胃もたれしそうな数に、黄瀬は若干引きつつ口を開く。

「紫原っち、いくらなんでも食いすぎじゃ……」
「いくら俺でも、こんなに食えねーし」大盛りのご飯茶碗を持った紫原が、歪な持ち方で箸を動かす。「こっからここまで俺ので、後は名前ちんのだし」
「え」黄瀬は目を見張った。紫原の「ここまで」と区切った部分は、丁度テーブルの半分ぐらいだ。すると残りの半分は、必然的に名前の分となる。それを理解した瞬間、黄瀬は飛び退くほど驚いた。「ええええ!?」

「うるせーな。何騒いでんだよ」

 頭上から声をかけられ、黄瀬は口をぽかんと空けたまま顔を上げる。するとそこには青峰と黒子がお盆を片手に立っていた。「迷惑ですよ、黄瀬くん」

「すんません……。じゃなくて! 聞いてよ黒子っち!」
「あ、赤ちん達だー」

 黒子に掴みかからんばかりの勢いで肩を掴んだ黄瀬だったが、紫原の気の抜けた一言でがっくりと項垂れる。どうやら出鼻を挫かれたようだ。
 紫原に気付いたのか、食堂に入ってきたばかりの赤司と緑間がこちらに気付く。緑間は紫原の隣で唐揚げを頬張る名前の姿に気付き、眉間に深く皺を刻んだ。赤司はテーブルの上にズラリと並ぶ料理の数に「ああ」と頷くと、呆れたように溜息を吐いた。「お前達は相変わらずよく食べるな」

「えっ、お前んな小さい体のどこに入るんだよ!」

 名前が普通よりも倍以上の量があるカツ丼を平らげると、青峰が顔を歪めた。うげぇ、とでも言いたそうな顔である。黒子はいつもの無表情で「よく食べますね」等と言っている。
「見ているだけで胸やけしそうなのだよ。一体その体のどこに入っていくんだ」眼鏡のブリッジを掛け直しながら言う緑間に、周囲は名前の姿をまじまじと眺めた。名前は普通の女子よりもずっと小柄で、紫原と並ぶと親子程の差がある。だが、食事の量は紫原曰く「俺より食べる」らしい。

「お前、全然栄養行き届いてねーな」

 ハッ、と馬鹿にするように鼻で笑う青峰に、名前はピタリと箸を止めた。その様子に気付いた黒子が「青峰くん」と窘めるが、時既に遅し。名前は箸を置き項垂れた。

「青峰っち……」
「青峰……」
「大輝……」
「峰ちん〜……」

 傍目からわかる程落ち込んだ名前に、周囲は一斉に青峰を責める。青峰はこんなに落ち込むとは思わなかったのか、「な、なんだよ!」と動揺を滲ませた。どうやら、名前は背が小さいことを大分気にしていたらしい。
 紫原は箸を置くと、名前の顔を覗き込むように背を丸めた。名前はそれから逃れるように身を捩る。

「名前ちんはね、ちっちゃいのがいーんだよ」

 紫原は、最近よく幼馴染について尋ねられる。「本当に小さいね」「何食べてたらあそこまで小さくなれるの?」そう言われる度、小さな小さな幼馴染が傷ついているのを、紫原は知っている。
 慰めるようにぽふぽふと優しく名前を撫ぜる紫原は、簡単にひねり潰せそうな頭だと思った。普段持っているバスケットボールよりも、軽そうだ。「俺よりでかい名前ちんなんてかわいくねーし」

「……なら、いっか」

 へにゃ、と張り詰めた糸が緩むように笑顔を浮かべた名前に、周囲は――特に青峰は――ホッと息を吐いた。赤司は苦笑し、自分の頬を指差す。「敦、苗字、頬に米粒ついてるぞ」





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