企画 | ナノ

 冷蔵庫を確認して、ふと瓶の中身が減っていることに気づいた。自然と眉間に皺が寄り、リビングのソファでくつろぐ大きな背中に向かって声を掛ける。「レモン減ってんだけど」

「レモン?」私の声に、雑誌を読んでいた顔を上げる。証拠を示すように瓶を翔一に向かって振ると、ああ、と納得したように頷いた。「うまかったで」

「うまかったじゃないわよバカ! この腹黒眼鏡!」
「えっなんで急にキレとんの」
「このハチミツレモンはね、大事に大事に四週間かけて漬けとかなきゃいけないの! それを勝手に食べやがって!」

 憤慨する私を余所に、翔一は「四週間て長すぎやろ」と呆れたようにため息を吐いた。それがさらに私の怒りに油を注ぐ。「あと三日だったのに!」

「三日だったらそう変わらへんやろ」
「変わるめっちゃ変わる」

 ソファから翔一を蹴落とし、二人用のソファを陣取るように真ん中に座る。翔一は蹴られた背中をさすりながら「横暴やなぁ」とくつくつ笑った。余裕綽々な態度が気に食わず、ぎろりと睨むと、すいませんと小さく謝られる。

「私が三日後をどれだけ楽しみにしてたかわかるかね、今吉くん」
「いやもーめっちゃわかりますー」

 ごめんなぁ、堪忍なぁ、と翔一は謝りながら私の膝小僧を撫でた。こいつ全然反省していない。このまま顔面に膝を叩き込んで眼鏡割ってやろうか、物騒なことを考えてると、膝小僧に生暖かい感触。ぎょっとして視線を下げれば、ちゅ、と可愛らしい音をたてて離れていく翔一の唇。

「なななななにしてんの!」

 飛び退くようにソファの端に避難する。もちろん膝を抱えてだ。翔一は待ってましたと言わんばかりに空いたスペースに座り、私の背にある手摺りに手をつく。かなり近い。私は膝小僧を守るように手で覆った。だが奴は、だからどうしたと言うように手の甲に唇を落とす。そのうえ、べろりと舐めるものだから、「うひゃ」と悲鳴をあげてしまった。

「色気ないなぁ。知っとるけど」
「ならどいてよ!」

「それは聞けんわ」翔一は笑みを濃くすると、じりじり距離を詰めてきた。翔一が次にナニをしようとしてるか察した私は、膝に顔をうずめる。翔一の好きなようにされるのは癪なので、せめてもの反抗だ。

「顔上げてくれへん?」

 耳元で吐息混じりに囁かれ、ぞくりと腰が震えた。頬に熱が集中するのがわかり、ますます顔を上げられなくなる。身を縮こまらせて耐えていると、堪えるような笑いが聞こえた。その笑い声で、私はハッと当初の怒りを思い出した。
 そうだ、元はと言えば勝手に人の物を食ったこいつが悪いんじゃないか! このまま流されるもんか――と、顔を上げたのがいけなかった。

「大体翔一が、っ」

 そこまで言いかけて、口を塞がれた。翔一が噛みつくように、だ。逃げようにも彼の手でしっかり頭を固定されていて、押すことも引くこともできない。たまらずぎゅっと目を瞑る。角度を変えた翔一の、し、舌、が、入ってきて、眼鏡があたって邪魔なのに、邪魔だとおもわない。ああ、もう、なにいってんだ私は。なぞるように上顎を舐められ、「ふ、んぅ」変な声がでた。そのうえ、翔一は耳をくすぐったり首筋を撫でたりするものだから、体がビクビク跳ねてしまう。苦しさから翔一を叩くと、意外にもあっさり離れてくれた――といっても、鼻先が触れ合う距離だ。

「……そうやって、すぐ流そうとするところ、きらい」

 まだ荒い息を整えながら悪態をつくと、翔一は片眉を跳ねさせてこう言った。「ワシがこんな男ってわかってて惚れたんやろ?」
 私が悪いと言うのか。悪びれもなく飄々と言葉を紡ぐ口に、やり返すように噛みつく。翔一の唇は、ほんのり甘い味がした。





蜜の味
20121002⇒
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