企画 | ナノ

 売り切れたよ、という一言に私は頭を抱えるしかなかった。ああどうしよう。原がちょっかいかけてくるからその分タイムロスしたんだ絶対許さん。
 携帯で時間を確認すると、十二時四十分を回る頃。そろそろ花宮の元へと向かわないと、ねちねち嫌味を聞かされてしまう。でも花宮が買ってこいと言ってたウルトラスペシャルやきそばパンは買えなかったので、どっちみち嫌味を言われるだろう。ちなみにウルトラスペシャルやきそばパンとは、月に一度だけ購買に十個限定で置いてある幻のパンである。私は実際どんなやきそばパンなのか見たことないのだが、噂では頬が落ちるような美味さでやきそばパンと見紛うかのごとく豪華であるらしい。一体どんなパンなのだ。そしてそのパンを花宮が一言「買ってこい」と事も無げに言われたのが二時間前。ちなみに代金は私持ちである。

「で、どの面下げて来たんだ」
「この面下げてきました……」

 優雅に足を組む花宮に、地べたに正座をする私。一瞬で上下関係がわかる図だ。花宮は正直に買えませんでしたと頭を下げる私を鼻で一笑し、代わりに私の弁当を寄越せと言ってきた。なんて暴君だ。

「ちょ、じゃあ私はお昼何食べればいいの!?」
「いいダイエットになるだろ」

 こいつは遠まわしにデブだと言っているのか。言い返せない。ギリリと歯軋りをしながら弁当を花宮に献上すると、花宮はコンビニの袋を私に投げつけた。寸でのところで受け取ると、中には見慣れたサンドイッチが入っていた。

「花宮……!」
「んだよ、さっさと食え」
「私たまごサンドよりもカツサンドが」
「殺すぞ」

 本気で睨まれたので私は大人しくたまごサンドを食べることにした。何だかんだ言って、花宮はひどい奴だけど私にはそんなにひどくないのだ。お前よく花宮と付き合えるなとバスケ部のメンバーからよく言われるのだが、私もよく付き合えるなぁと思う。



「苗字さんて、花宮くんと付き合ってるの?」

 不意に声をかけられ顔をあげると、学年でも可愛いと評判の女の子が目の前に立っていた。にっこりと浮かべる笑みは同性から見ても惚れ惚れするぐらいだ。私は突然話しかけられたことと、その内容に「えっ」と小さく声を上げた。戸惑う私に彼女はさらに笑みを濃くした。

「やっぱりあれって噂だよね。正直、苗字さんと花宮くんとじゃお似合いだなんて言えないし」

 ねえ? 同意を求められるように首を傾げられ、私は喉がカラカラに引き攣るのを感じた。
 そのまま彼女は私のことなど最初からいなかったかのように去って行った。何しに来たのだろう、と鈍い回転をする頭をぺしりと叩く。何しにって、決まってる。あの子きっと、花宮のこと狙ってるんだ。だから彼女である自分の顔見に来たのだろう。そしてあの笑みは『勝った』と確信した嫌な笑みだった。

「……女って、怖いなぁ」

 そりゃあ私だってもうちょっと美人だったら、あの子のように可愛かったら、胸を張って花宮の隣に立てたのに。花宮は性格悪いけど格好いいし、性格悪いけど頭めちゃくちゃいいし、性格悪いけど運動神経抜群だし……性格悪いけど、モテるし。皆あの猫かぶりに騙されているのだ。素の花宮は本当に酷いことも平気で出来ちゃう奴で、彼女である私をパシリに使うし、暇だからって髪の毛引っ張ったりするし。この前だって人の弁当とって食べちゃったし。……代わりにたまごサンドくれたけど。
 携帯がチカチカと点滅していた。メール一件、花宮真。私は差出人だけ確認し、そのままポケットに携帯を突っ込んで逃げるように教室を飛び出した。今彼に会ったら、何か大切なものが傷ついてしまいそうで怖かった。

 ――そういえば私、花宮に一回も好きって言われたことないなぁ。前は気にしなかったが、それで『恋人同士』といえるのだろうか。
 それ以来、私は自然と花宮を避けるようになってしまっていた。花宮は私のことどう思ってるのかとか、ただの遊びなんじゃないかとか、こんなこと考えてる私に「重い」って引くんじゃないかとか。自然と溜息が零れる。マイナス思考は一度はまったら中々抜け出せないのだ。

「見ィつけた」

 明らかに現在一番会いたくない人物の声が背後から聞こえ、私は思わず飛び上がった。
「三日もシカトするとはいい度胸じゃねぇの……なぁ、名前チャン?」いつもより数段低い声と、『チャン』付け呼びに私は冷や汗が浮ぶ。これは相当キレている。そんな状態の花宮に掴まったら、なんて火を見るよりも明らかだ。私はすぐさま逃亡を図ったが、予想済みだったのか両肩を掴まれそのまま花宮の方向へ向けられそのまま壁に押し付けられた。「ぐえ!」

「何で避ける」

 シンプルで、突き刺さる一言だった。私はどう答えたらいいのかわからずに言い淀むと、花宮はハンと鼻で笑った。「どうせどっかのバカに何か言われたんだろが」呆れを含んだ一言に、私はカッと頭に血が上った。

「花宮にはわかんないよ! 私の気持ちなんて……!」

 怒鳴ってしまってからハッと口元を押さえる。恐る恐る花宮を見上げると、花宮は静かな表情でじっと私を見つめていた。
「わかるわけねぇだろ。黙って俺から逃げる奴のことなんて」花宮の掌が耳を掠めて、後頭部に差し込まれる。そのまま重力に従うように、自然と彼の胸へと引き寄せられた。
 初めて感じる体温に、小さく「私って、花宮のなに?」と尋ねる。花宮は「バァカ」と小さく笑った。声が振動となって伝わってくる感覚がもどかしくて、酷く荒れた心を落ち着かせてくれた。

「彼女だろ」

 本当は、「好きだ」っていう言葉が欲しかった。けれど言葉より雄弁な心音を聞いたら、それだけで満たされる気分になれた。

 後日、例の彼女が顔面蒼白で私に謝罪しに来てくれた。何かしたのかと花宮に訊いてみたらすごい悪い顔で笑って「さあな」としか言ってくれなかったので、それ以上追求することができなかった。
 バスケ部のメンバーから、よく花宮と付き合えるなと言われる。私はいつも決まってこう返すのだ。「だって好きなんだもん」



sugarless sweet
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